小学生の私は山田悠介『親指探し』を読んであまりの恐ろしさに本棚に置いておくのすら嫌になり、人生で初めて本を捨てた。中学生の私はリングシリーズを見て、タオルケットから足を出せずに布団の足元を這いつくばる貞子を想像して震えた。大学生の私は映画『残穢』のテレビCMが流れるたびに恐怖し、バイト先の本屋で棚に並べるのも怖かった。
だけど今の私はホラー映画を見ては手を叩いて笑い、このホラー小説が怖いと聞けば読み漁る妖怪になり果ててしまいました。たった一つの欲望を満たすためにあらゆる(主に小説)ホラー作品に手を出しておりますが、未だ「あれは心底怖かった」と思うものに出会えず寂しく思っています。怖い思いがしたい、怖い思いをさせてくれ!
ホラーにハマったのはここ一年のこと。まとめきれるうちに、その変遷を紹介させてください。そしてあわよくば、私に「最高に怖いホラーコンテンツ」を教えてください。連絡は……HARF-WAY編集長Twitter宛てで教えてください。それか筆者宛でリプライを送ってください。おすすめ要素の説明付きだと嬉しくて踊ります。よろしくお願いいたします。
※ここはゲーム紹介サイトですが、私が「本読んでばかりでゲームやってない!」と編集長に泣き言を言ったら「別に本の話書いたらいいじゃん」との慈悲深いお言葉を賜りましたので、この記事では、ほぼずっと本の話をしています!ごめん!ありがとう編集長!やったー!
SCP日本支部「梨さん」から入り、依談から、モキュメンタリーへ
SCP財団のことは万人がご存じ……とは言いませんが、ここを見る人なら誰でも知っているものとして話を続けますね。
去年の夏だったかしら。好きなVtuberの『ましろさん』がSCPの紹介配信をしていて、初めて「けりよ」と「しんに」を真面目に読みました(聴きました?)。
暇を持て余していた私はそれ以前(3000番コンテストが終わった頃だったかな?)に数か月かけてSCP財団日本支部の記事を1から全部読んでいたのですが、「けりよ」はよくわからなくて読み飛ばした記憶があります。「しんに」というおまけtaleが存在することも知らないSCP初心者でしたし。
でもよくよく読んでみるとじっとりした、人間の、暗い感情がどろどろ煮詰められて、そこから手に負えない大きなよくわからない禍々しいものがわけもわからないうちに存在してしまった感覚が楽しい、ような、気がしました。
そこから梨さんの記事を何度も読み返して、「依談ハブ」(SCP財団の中でも特定の世界観や物語を共有した記事の集合場所、のようなもの)にある記事も何度も読みました。特に「攀縁」に夢中で、出先で文章を読めないときはゆっくり解説の動画を再生して聞きました。誇張でなく100回以上聞いた気がします。憑りつかれている、と言った方が味があっていいかもしれませんね。もちろん一番好きな記事がこれ。
そんなこんなで一年前の私が知るホラーは、SCP財団日本支部に存在する梨さんの記事と依談ハブにある記事がすべてでした。とても狭い世界です。そこから私を引き上げてくれたのは背筋作『近畿地方のある場所について』でした。
かけえこお(三回唱えてね)
『近畿地方のある場所について』からモキュメンタリーへ
大ヒットによって映画化を果たした雨穴作『変な家』と同時期に発売され、同じく話題になり、今やどの書店にも面陳されているといっても過言ではない大ヒットホラー小説『近畿地方のある場所について』。上記の経験から少しばかりホラーへの耐性を獲得していた私はなんとなくこれを手に取りました。ほかのホラー作品もたくさんありましたが、たしか……表紙の赤が気に入ったんだったかな?
「モキュメンタリー」と呼ばれるジャンルを私に教えてくれたのがこの本でした。空想の世界で安全安心の怖さを楽しんでいるところに突然「あーあ、読んじゃったね。あなたももうおしまいです」と、喉元にナイフを突き刺されるあの感じ! めちゃくちゃ興奮しました。面白い、楽しい、といった明るい感情ではなく、冷たい緊張の興奮とでも言えばいいのでしょうか、あれがあった。
モキュメンタリーとはフィクションをノンフィクションのように見せかける手法。Wikipediaを読む限りでは、もとは映画の表現手法の一つだったようです。思えばSCP財団における梨さんの記事も同様の手法による怖さが多い印象でした。SCP財団そのものがそんな感じですし。
でもこれ、一回読んだら終わりなんですよね。だってとっておきのだまし討ちみたいな魔法だから。もちろん何度読んでも怖くて楽しいんですよ! でも初めて読んだ時ほどの緊張感は得られない。だまし討ちが効くのは最初の一回だけなんです。
じゃあどうするか。ほかのモキュメンタリーホラーを探すしかありません。映像ならフェイクドキュメンタリー「Q」を見て、考察記事を漁る。実物展示なら考察展示会「その怪文書を読みましたか」(のちに書籍化)を見に行く。ここ一年で拾えるホラーコンテンツをむさぼるように拾い集めました。
去年夏から二度にわたって雑誌BRUTUSで特集された「怖いもの見たさ。」「もっと怖いもの見たさ。」。宝島社ムック『このホラーがすごい!2024年版』(2025年版もありますよね、ね!)およびそこで紹介された作品たち。
SNSで話題になったドラマ「イシナガキクエを探しています」や怪文書展の企画運営を務めた梨さんと株式会社闇によるサイト「つねにすでに」。そこから発展した再度の実物展示「行方不明展」。話題になったサイト「かがみの特殊少年更正施設」など。
でも「最初からモキュメンタリーだとわかって触れるコンテンツ」は、すでに犯人が明らかになったミステリーのようなもの。過程は楽しめるけれど、犯人を知った瞬間の驚きは味わえない。ゲームもいいけど……ホラーゲームなんてみんなモキュメンタリーじゃないか(異論はどしどしお待ちしております)。
だいたい、私の場合は怖いことを期待して遊ぶホラーゲームの演出が(それがたとえジャンプスケアでも)喜びや楽しさといった感情に回収されてしまいます。「きたきたきたきた!」「来た出たやっと来たわはははは!」って。
そんなひんまがった根性を手に入れてしまった私の背骨を叩きなおしてくれたのが2人の先生。
・芦花公園先生
・三津田信三先生
お二人が書くホラー小説でした。
そしてホラーの底なし沼に浸かる
モキュメンタリーホラーの小説を探しているとき、『ほねがらみ』という本を読みました。
この作者は芦花公園先生。この方が書く小説はいつだって(たぶん)見ただけで目がつぶれてしまうような美形の男性が登場します。それは本質ではないのですが、たぶん本質に近い。足先をタオルケットから出せなくなる怖さ、というよりも人間の「厭さ」を書くことが多く、「ヒトコワ」とくくってしまうのは惜しいというか間違っているような気がする。とにかく「厭だったなあ」と読後に思うホラーを書く方です。
入りやすいのは佐々木事務所シリーズ『異端の祝祭』です。読みましょう。いやもう読んでるか。そうだよな。「攀縁」を読んでおくと「おいなんてことしてんだよ!」と焦ることもできます。逆もまたしかり。おすすめです。
そしてそんな厭なホラーを書く芦花公園先生がTwitterで「大好き!!!」と愛を叫び続けているのが三津田信三先生です。
この頃の私は小説に飢え始めていました。この年になるまであらかた自分の趣味に当てはまる小説は読みつくしてしまった、あとは好きな作家の新刊や復刊を待つだけの読書余生を細々と生きるだけなのだ……と傲慢にも半ばあきらめていた私の前に「ホラー」という真っ黒の輝きが現れてくださったのです。
導入部で述べた通り昔の私がホラーを避けていたおかげで、名作と呼ばれるものから最近のブームで登場した様々な作家たちすべての作品が未読、つまり、たくさんの「初めて読む楽しい」を経験できる!!!
三津田信三は……すごい!何がすごいって、だって、いっぱい作品がある!これまで私が「怖いから」と忌避していた、今では輝く宝の山が目の前にある!
家三部作の自宅にまでついてきそうな不気味さ、刀城言耶シリーズの民俗学的なおどろおどろしさとキャラクターの魅力と凄惨な事件と強固なミステリ、『怪談のテープ起こし』で感じた「こっちに来るかもしれない」の怖さ、死相学探偵のコミカルさ、作家三部作のクラシックで骨太なホラー描写、そしてまだ読み切れないほどある著作!『のぞきめ』もおすすめです。本を主食にする人間にとって未体験のごちそうがまだあることは生きる希望にもなります。
そう、小学生の時初めて読んだホラーを「本棚に置いておくのも怖い」と捨てた人間が、今やホラーを生きるためのエンジンの一つに組み込んでいるのです。ここ半年は民俗学をホラーとしてではなく学問として知るために趣味の範囲で勉強し始めたり、あらためて日本史を追いかけ直したり、近所の歴史を調べるために歩き回って運動したりと、ここ一年の私の人生はホラーのおかげでずいぶん豊かになりました。
しかも私まだ小野不由美先生の本読んだことないんだ~。いいでしょ。今から読むんだ~。
で。最近あなたホラゲーやってる?
最近遊んだゲームでは『That Which Gave Chase』が、おそらくホラーではないにしても「とてつもなく不安になる、何回も」という点で個人的に恐ろしくてとてもよいゲームでした。せっかくなので、このゲームのレビューでこの記事を締めようと思います。
一人称視点の犬ぞりスリラー作品。 あなたは犬ぞり操縦者(マッシャー)として雇われ、北極の過酷な荒野の奥深くまで科学者を運ぶことになる。(Steamページから引用)
スリラーって書いてありましたね。スリラーって、ホラーかしら。ちょっとちがうかも。まあいいや。
主人公は犬ぞり操縦者。操作にちょっと癖はありますが、慣れればある程度自由に犬ぞりの行く先を導くことができます。
「それだけ?」と思うかもしれませんね。でもこのゲームを遊んでいないあなたは知らないでしょう、なんの目印もない白一色の雪原の中を高速で疾走する犬ぞりの操作を任される不安を。そしてこのゲームはスリラー。犬ぞりを操作したり、拠点の小屋を探索している内に突然暗い森の中に飛ばされます。
ストーリーは説明が(おそらく、あえて)不親切。撃っても撃っても湧いてくるシカみたいな生物に、照準の定まらないライフルに、倒れる犬ぞりに、謎の同行者に。ゲームを進めれば進めるほど、別に怖いことは何もないのに、どんどん不安な気持ちになってくる。
衝撃的な怖さはないけれど、じわじわと首を絞められて、汗だくで呼吸荒く飛び起きる悪夢のようなゲームでした。まだ遊んでいない方はぜひ寒さと不安の先取りに、ぜひ遊んでみてください。
そして冒頭にも書いた通り、私にホラーコンテンツ(ジャンル問わず)をどしどし教えてください! よろしくお願いします!
怖い思いが、したい!!!!!!!!!!!!!!!
おお