泡沫の世界をひとりの少女とともに旅する。
『夢もすがら花嵐』は、大正ロマン溢れる世界観と謎解きが融合したアドベンチャーゲームです。プレイ時間はおよそ2時間ほどながらテキストやイラストの密度が高く、心に残る体験が味わえます。
開発を手がけたのは、以前ご紹介した『愛しのフランケンシュタイン』を開発したNUMBER7。本作も独自の美意識が存分に発揮されており、建物の佇まいから人物の仕草、衣装に至るまで、どの場面にも繊細な美しさが宿っています。
謎解きはじっくり考える面白さを重視した設計で、物語のテーマと自然に結びついているのが印象的です。そして、2つのルートによって描かれる異なる真実が、この作品に静かな深みを与えています。
上品なサウンドが物語を静かに包み込み、丁寧に描かれたセリフが情感を引き立てる。まるで短編文学を読むような感覚で、プレイヤーの心にそっと語りかけてくるような作品をご紹介します。
謎の少女『獏』と出会う

タイトルからもわかるように、本作の舞台は主人公である書生の夢の中。桜が舞い散っているのに、水の中にいるような輪郭のはっきりしない世界。そんなぼんやりとした夢の中を漂っている主人公は、突然現れた少女「獏」に話しかけられます。
獏と言えば人間の悪夢を食べてくれるという幻の生き物。そんな名前を名乗る彼女は、短い夢の旅に付き合い、案内をしてくれるようで…。二人で訪れる様々な場所で起こる謎を解いていく作品です。
辿り着く場所は華やかで和洋折衷な大正ロマン溢れるけれど、やはり夢の中というような違和感を感じるような雰囲気の場所ばかり。まるで現実と夢の境界をふわりと漂っているような、少しの懐かしさと寂しさが入り混じった雰囲気です。
淡い色調のグラフィックや上品な音楽も相まって、作品全体が静かで幻想的な世界観に包まれる体験ができる作品です。
夢の迷宮を探索し、謎を解き明かせ

以前ご紹介した『愛しのフランケンシュタイン』と同様、本作でも気骨のある謎解きが楽しめます。
各章で案内される部屋はパッとみても変わった箇所ばかり。気になったところを片っ端からクリックして、この世界から脱出する糸口を探していきましょう。
一章の『はらり、はらはら』では、なんだか異様な雰囲気の部屋で目が覚めます。掛け軸から大きく飛び出した桜の木や、その枝に絡まっているような男。そして全く気にせずお八つの時間を楽しんでいる獏…。なんだかシュールで気になるところだらけですよね。
夢特有のなんだか繋がっているようでバラバラな内容だったり、現実ではありえないことが常識として扱われていたりする違和感を本作では体験できます。
集めて楽しい、読み解いて面白い蒐集品たち

部屋の中を探索すると見つかる蒐集品(収集品)もユニークなものばかり。
桜の枝や古びた手紙、意味深な書き付けなど、どれも夢の世界らしい儚さをまとっています。手に入れた瞬間はただの飾りのように見えるものも、物語が進むにつれて少しずつ“その理由”が見えてくる仕掛けになっているのが面白いところです。
蒐集品のひとつひとつには短いテキストや説明が添えられており、それを読むだけでもこの世界の奥行きを感じられます。
中には現実では聞いたことのないアイテムも登場します。二章で入手できる「ネズミのおあげ」など、世界観に即したちょっとファンタジーな蒐集品もあるのが素敵です。
ただのアイテムとしてではなく実は細部にまで意味が散りばめられていて『読解する楽しさ』も、この作品ならではの魅力だと感じました。
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絵を一切使わずに文字だけで作られたテキストADV『文字遊戯』。様変わりした世界観が目玉と思いきや物語は思わぬ方向に進み、プレイヤーは言葉に干渉しながら世界を書き換えて真実と向き合うことになる。

文学好きにも刺さる!

▲部屋の片隅で見つけることができる
本作の随所には、実在する文学作品がさりげなく散りばめられています。
たとえば、一章の部屋には与謝蕪村の句集が置かれており、蒐集品として集められます。与謝蕪村といえば、江戸時代に活躍した俳人。教科書などでその名を目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。
この本は作中で謎解きの鍵となるアイテムでもあり、仕掛けの一部に“ある有名な一句”が関わっています。その句を知っていれば思わず「あっ!」とひらめくような構成になっており、文学的な知識がほんの少しプレイにリンクするのがとても面白いところです。
もちろん、その作品を知らなくても解くことは可能ですが、詩歌や古典文学に親しみのある方にはちょっと嬉しい演出ですよね。学生時代、国語の教科書や資料集を読み込んでいた身としては、思わずニヤリとしてしまいました。
こうした細かな仕掛けの数々が、本作の“夢の中のリアリティ”をより深いものにしています。現実に存在する言葉や書物が夢の世界の中に現れることで、現実と幻想の境界が曖昧になっていく感覚を味わえるのです。
二つの結末が導く夢の物語の余韻

実は本作のエンディングは二つあります。
どちらの物語もそれぞれに余韻があり、夢の終わり方としてどちらが正解なのか、思わず考え込んでしまうほどです。一度クリアしたあと、もう一つの道に行く流れがシームレスに設計されているのもこのゲームの素敵なところ。
謎解きに詰まっても公式サイトのヒントを見れば、物語をスムーズに進められます。難しい箇所を自力で突破しなくても楽しめるため、謎解きゲーム初心者にもおすすめです。
幻想的な世界観、上品なサウンド、そして文学作品へのオマージュ。 どの要素も美しく調和し、短いプレイ時間の中に深い満足感を与えてくれます。夢の情景が織りなす物語を、ぜひご自身の手で体験してみてください。きっと、夢が覚めたあとも静かな余韻が心に残るはずです。
〈詳細情報〉
| ゲーム名 | 夢もすがら花嵐 |
| ジャンル | ポイント&クリック |
| ストア価格 | 無料 |
| リリース日 | 2021年8月20日 |
HARF-WAY コマーシャル
煙草を軸に交差する、ふたつの恋の物語。
無料で、どなたでも。スマホで、PCで、どこでも。
まるで文庫本のような、縦書きビジュアルノベル。
寂しさにも、熱がある。
『Keep Only One Loneliness』

