『Milk inside a bag of milk inside a bag of milk』は、ロシアのインディーゲーム開発『Nikita Kryukov』が手がけた短編ビジュアルノベルです。
精神的な困難を抱える少女の日常を独特な視点から描いた本作は、2020年のリリース以来Steamで「圧倒的に好評」の評価を獲得。プレイ時間はわずか10~20分ながらも、心に深く刻まれる魅力を持った作品です。
2022年にはNintendo Switch版も発売され、続編『Milk outside a bag of milk outside a bag of milk』も登場。短編ながらカルト的な人気を誇り、セール時には100円程度で購入できる価格帯もポイント。気軽に体験できる芸術作品として多くのゲーマーに愛されています。
プレイヤーはイマジナリーフレンドとして少女をサポート

本作でプレイヤーが演じるのは、主人公の少女の頭の中に存在する声。いわゆるイマジナリーフレンドです。精神障害に苦しむ少女にとって、プレイヤーは唯一の理解者であり導き手になります。
母親から頼まれた「牛乳を買う」という単純なおつかいも、少女にとっては恐怖に満ちた大冒険。道中の風景や周囲の人々が歪んで見え、スーパーでのやりとりすら恐ろしい体験として描かれます。
また彼女はプレイヤーの存在を認識しており、時には「プレイヤー」と呼びかけることも。この独特な関係性が、他のゲームにはない没入感を生み出します。
少女を肯定できないイマジナリーフレンドはいらない

本作の変わっている点は、プレイヤーが少女を否定的に扱い続けるとゲームオーバーになる部分です。彼女は既に十分すぎるほど苦しんでおり、せめて頭の中の声だけは味方でいてほしいと願っているのでしょう。
精神的に追い詰められた人への接し方を見事に仕組み化しており感銘を受けました。優しく寄り添い、彼女のペースを尊重して初めて物語は前に進みます。イマジナリーフレンドとしての責任の重さを、ゲームシステムを通じて巧みに表現したといえるでしょう。
プレイヤーの取れる選択肢は単純な二択ですが、言葉の選び方で少女の心理状態は大きく変化します。時には、励ますつもりの言葉が逆に負担となることも。プレイヤーは慎重に言葉を選び、彼女の繊細な心に寄り添う必要があるのです。
誰もが感じる生きづらさを物語で表現

「店員さんと話すのが怖い」「レジでの会計が不安」など、程度の差こそあれど一度は感じたことがあるはずです。筆者も流行り病による長期間の自粛生活で人との会話が激減した際、似た経験で苦しみました。
本作の少女が感じる恐怖は極端に増幅されているけれど、根底にある感情は普遍的なもの。日常の些細な行動が困難になる感覚を、共感できる形で描いています。プレイヤーの心を掴む理由がここにある。
開発者のNikita Kryukov氏は、本作が自身の経験に基づいていることを公言。実際に精神的な困難を抱えた経験から生まれた表現は、単なる想像では描けないリアリティを持っています。少女の感じる不安や恐怖、世界の歪み方、小さな成功への喜び。すべてが実体験に裏打ちされた説得力を持っているのです。
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絵を一切使わずに文字だけで作られたテキストADV『文字遊戯』。様変わりした世界観が目玉と思いきや物語は思わぬ方向に進み、プレイヤーは言葉に干渉しながら世界を書き換えて真実と向き合うことになる。

少女の見る世界はどこか不気味

ゲーム画面は赤と黒を基調としたサイケデリックなピクセルアート。少女の歪んだ認知を視覚的に表現しています。スーパーの店員は恐ろしいクリーチャー、母親でさえも表情の読めない化け物として描かれる。BGMも不穏で緊張感のある曲調となっています。
精神的な困難を抱える人が実際に感じる恐怖を表現しており、日常の風景が悪夢のように変貌していく。『認知の歪み』という症状が巧みに視覚化され、プレイヤーを少女の不安定な精神世界へと引き込んでいく演出が秀逸でした。
画面の歪みや突然の色彩変化など、視覚的な演出も効果的に使われています。これらの演出は少女の不安定な精神状態を表現すると同時に、プレイヤーにも同じような不安感を与える。まさに少女の世界を追体験しているかのような感覚です。
あくまで少女を通してみる世界

本作で描かれる出来事のどこまでが現実で、どこからが少女の認知の歪みなのか。最後まで明確にされることはありません。プレイヤーは常に少女の視点に固定され、客観的な真実を知ることはできない仕組みになっています。
父親の死や母親との関係や、断片的に語られる過去。いずれも少女のフィルターを通したものです。父親の自殺が彼女のトラウマの一因として示唆されますが、詳細は語られません。また母親は威圧的な存在として描かれますが、実際の関係性は謎のまま。
曖昧さを持ってして、精神的な困難を抱える人の世界をリアルに表現しています。現実と幻覚の境界がぼやける感覚こそが、本作のテーマなのかもしれません。
〈詳細情報〉
| ゲーム名 | Milk inside a bag of milk inside a bag of milk |
| ジャンル | ビジュアルノベル |
| ストア価格 | 176円 |
| リリース日 | 2020年8月26日 |
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