絵を一切使わず、すべての表現を漢字だけで構成した狂気のゲーム『文字遊戯』。フライハイワークス代表「黄政凱」氏の翻訳によって無事に日本語対応される運びとなった。筆者自身、不可能に思えるローカライズに沸き立ったのは言うまでもない。
今作を真エンドまで遊び終わり不思議に思ったのが、話題性を持った「文字パズルADV」の部分しか世の中に浸透していないことだった。表面的な目新しさで止まったまま、ほとんどの人がホントの面白さを素通りしている。面白いのはその先なのに。
見た目どおり、触れ込みどおり、文字の圧力は強い。残念ながら可愛いキャラも登場しない。特殊なパズルは慣れるまで難しい。思わず「ウッ」と感じても不思議ではない。だからこそ、今回の記事を通じて文字遊戯が秘めているもう一つの側面を知って欲しい。
概要を紹介する都合上、物語の一部に触れますが本文内にスキップボタンも用意しています。ネタバレを気にする方は活用ください。本当に美味しい部分は一切掲載していないので、初見の方も知っている方もごゆるりと楽しんで頂ければ幸いです。
この記事は『フライハイワークス株式会社』様の提供でお送りします
我は識字の勇者なり

『文字遊戯』は文字を題材にしたテキストパズルADVです。プレイヤーは識字の勇者「我」となり、魔龍を倒して姫と結ばれるために冒険へ旅立ちます。識字を選ぶワードセンスにグッときました。
テキスト情報がそのままギミックになっており、言葉に触れて干渉することで謎を解く形。まずは代表的なギミックとして「門」を紹介しましょう。一見すると出口のない室内に見えますが…


我は門を概念として識別できるため、ぶつかることで別のマップへ移動できます。門が見つからない場合、何処かに必ず潜んでいるので色々な文字を調べてみてください。今作の文字情報を絡めた解法は唯一無二。思う存分に浴びましょう。
またマップ上のオブジェクトが全て文字で形成されており、町並みや道中も言葉だけで描かれています。意味合いとして文字を認識するだけでなく、文字を適切に配置して形状ごと再現しているのもポイント。言うならばモザイクアートみたいなイメージです。
例えば、家を想像してみてください。三角の屋根と四角い土台をくっつけて、長方形の扉を描いて…これを文字を使って表現するとこんな感じになります。




字面だけで判断すると圧の強い作品に見えるものの、文字アート作品として考えると見え方も変わります。活字を読んで脳内補完する小説風の作品ではなくて、遊び手がすんなりと物語に入り込める補助輪が付いている印象を受けました。
もし詰まった場合、3段階に分けてヒントをもらえる「瞑想」も利用可能。文法からギミックを着想する都合上、慣れ親しんでいるでいるパズルとは毛色が異なるので恥じることなく使いましょう。筆者はほぼ全ての謎で使いました。無理だもん。
世界を書き換える3つの魔導具

我は文字を識別できる才能を持っているものの、あくまで干渉できるだけ。世界を書き変える力はありません。自分の力に気づかずに生活しているなか、一人の老人が姿を現して物語は動き出します。
彼いわく我は勇者の資格を持っており、魔龍を倒して姫と結ばれる使命を背負っているとのこと。世界を救うだけでは飽き足らず、姫と結ばれることすら運命づけられていて驚きです。
その後、識字の力によって怪しい老人の正体が「詩人」であることが発覚し、魔龍に敗れた勇者が使ったとされる3つの魔道具を探す旅が始まります。軽くご紹介したいのですが、読みたくない方は下記のジャンプ機能をお使いください。
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文字を消し去る『削字之剣』


『削字之剣』は、不要な文字を削除できる道具です。不可能を可能に書き換えることはもちろん、「したい」を「した」に改変するなど超オールマイティに使える消しゴムだと思ってください。
便利すぎるが故に訳あって使えなくなる場面も多々ありますが、序盤から終盤まで幅広く大活躍。「この剣でお前を消す!!」みたいな蛮行は起こせないのでご安心ください。ちゃんと武器っぽくて良いですよね。
文字を動かす『押引手袋』


『押引手袋』は任意の文字を好きな場所に押し引きできる道具です。自分の弱さからくる不信でさえも、文字を動かせば自信に変えれます。一文字の違いで真逆の意味合いになるの面白いですよね。
文字配置を変えられるため自由度の高い魔道具ですが、ギミックに関係ない文字には干渉できません。逆算して考えると、動かせる文字がある場合は必ず何かあると覚えておきましょう。
文字を分解・合成する『離合之兜』


『離合之兜』は文字を分解・合体できる道具です。例えば、「作」という文字を分解すると「人」と「乍」に分けられます。2つの文字を合体させて文字を作ることもできるので、ほかの魔導具よりも扱いは難しめ。
使い勝手こそ難しいものの、自由度が一気に増えるので面白いギミックだなと思いました。人は「ギョウニンベン」となり、水は「サンズイ」に変わります。狙った熟語を作りたい時のお供に是非お使いください。
文字組みまで完コピした執念の日本語版

ここまで、文字遊戯の肝は言葉を使った文字ギミックだとお伝えしました。文字を書き換えて危機を脱する文法の面白さこそ、今作の醍醐味といっても過言ではないからです。
もう一つ注目してもらいたいのが文字の配置。原作となる中国語から日本語に翻訳した際、意味合いだけでなく文字数や文字組みも完全に保持しているのです。例えば、下記の画像をご覧ください。


村に巨人が襲来して広場の人々が騒ぎ立てる場面。とあるギミックのために「人」を意図的に散りばめているのですが、中国語版と日本語版で同じ位置に人がレイアウトされています。
文字をドット絵のように打ち込んで絵としての形状を再現しているため、一文字のズレが機能不全を起こすことは明白。文章としての破綻を防ぎつつ、ギミックを担保する工夫が感じ取れて痺れました。


位置を含めた翻訳で機能する仕掛けは数多く用意されており、言語の垣根を越えて全てが噛み合う快感を感じ取って欲しいのです。もし自分が翻訳を担当してたら絶対に狂う自信があります。
そもそも、必要最低限の言葉で構成された文字列ってそれだけで美しいじゃないですか。それなのに遊戯性の一面も持ち合わせていて、活字好きに媚びるような内容ではない。そこが好きなんですよね。


翻訳者である「黄政凱」氏に教えて頂いたのですが、中国語には日本に存在しない漢字もあるとのこと。例えば、「拆」は解体してバラす意味を持っているらしいのですが、類似する言葉がなかったそうで仕方なく「近」を使ったと教えてくださいました。
上記の画像、通れる道を観察すると「曲近」という文字列が浮かびます。文章ではなくマップデザインで魅せる粋な手法ですよね。文字をアート的に捉えており、美術品みたいに楽しめるのも見どころさんです。
一文字ズレるシナリオと叙述トリック

魔導具も揃い始めた頃、主人公の名前が我であることに疑問を抱きました。何故、わざわざルビまで振って使ったのか。私でも良いし、己とかでも良い。一人称の膨らみを意図的に使い分けている感じ。
ほかにも、姫と結ばれることが強調されていたり、何故かたくさんの勇者が散っていたり、魔龍が炎ではなく氷を吐いていたり。変に勘ぐっているようにも思いましたが、何かが引っ掛かるような感覚。
文字遊戯は漢字だけで構成された変わり種パズル作品ではなく、言語学に根ざした純テキストアドベンチャーなんです。文字形状の美しさ、叙述トリック、シナリオの伏線。全部が含まれている。




文字を題材にした気をてらったパズルのためだけに、手間の掛かる構造にしたとは到底思えませんでした。文字遊びの皮を被った別の何かが、うごめいている気がしてなりません。
いま思うと、シナリオの各章は疑問文で表示され、道中で出会う敵も意味深なセリフを吐き、とある場所で聞ける魔龍の倒し方も首を傾げるものでした。繋がっている部分とズレた部分が錯綜し、まるで未完成な作品にも思えるのです。

やっとの思いで姫と出会った我。そこで告げられる予想外の真実。プレイヤーは選択を強いられ、何ともいえない気持ちで幕が閉じられます。正直、ハッピーエンドとは言い難い。でも、識字の勇者なら物語を書き換えられるかもしれません。
ここから先は完全なネタバレになってしまうので伏せますが、ただの文字パズルではないことだけは知っておいて欲しいんです。言葉を書き換えて改編すること。それが今作の醍醐味ということを忘れなく。

今作の日本ローカライズが発表され、多くのゲーマーが歓喜して大きな話題を呼びました。中国語で作られた作品を日本語に開き、違和感なく遊べる状態まで翻訳することは凄まじい労力だったはずです。
狂気の翻訳で日本語として遊べること自体に満足しがちですが、本当にスゴイのは文字遊戯が抱える物語としての違和感を丸ごとローカライズしているところ。パズルとして機能することはもちろん、シナリオの美しさも含めて楽しんで欲しいなと思いました。
誰の何の物語?

遊戯とは「遊び戯れること」を指します。文字という硬派な媒体を使っているにも関わらず、どうして遊戯と名付けたんでしょうね。文字勇者や識別勇者の方がしっくりくると思いませんか?
でも文字遊戯じゃないとダメだったんです。文字であることも、遊戯でもあることも必然。どちらが欠けても成立しない。作者は思い入れを持って文字だけで作品を作り、あえて戯れとしての作品を残しています。

世界を変えると世界を書き換える。同じ意味合いに思えますが厳密には違います。根っこから別物に置き換えるではなく、世界そのものを上書くのが文字遊戯の醍醐味。つまり書き手側の物語でもあるのです。
遊び手として世界観を楽しむ私
我に乗り移って魔龍に立ち向かう私
書き手として世界を書き換える私
同じ言葉なのに、いずれの私も違った目線。日本語の叙述トリックが効いてて面白い表現ですよね。文字だけで表現するから見える世界があって、この方式じゃないと生み出せない物語もある。

筆者は文字遊戯に対して、「限界までゲーム性を効かせたADV」の印象を受けました。小説が言葉を紡いで別世界へ連れていくのだとしたら、今作は言葉を書き換えて今ある世界を見つめなおす感覚です。
もっというと、ゲームならではの手法も入ってます。テキスト主体かつゲームだからできること。それが何なのかは滅茶苦茶ネタバレなので言えません。でも面白い体験が待っていることは伝えておきます。

公式が「シン・テキストADV」と仰々しいジャンルを謳い、若干の警戒心を持つ気持ちも分かります。でも最後まで遊んでみれば、誇大広告ではなかったとハッキリ言い切れる出来栄えでした。
ゲームが好きな人、物語が好きな人、書くことが好きな人、それぞれに明確な視線が注がれている作品。癖は強いし人は選ぶけど、見た目の話題性だけで消費されて良いゲームじゃないと心の底から思うのです。
「ワタシ」の物語。きっと気に入ると思います。
活字好きかつ長文が苦手な人へ

活字好きだからといって長文が好きとは限らなくて、「文字の造形美や概念を楽しみたいけど、長編の言葉を追いかけるのは疲れちゃう…」という方は意外と多い気がします。筆者も長文苦手マンですし。
文字遊戯を絶賛したい訳じゃないんです。文字パズルは強引な部分もあるし、総当たりの力技で乗り切った場面も数か所ありました。中盤から怒涛の展開になるものの、前半の重たい印象も否めません。
でも、文字が書き換わって物語が動き出す瞬間、自分が作者になったような感覚を味わえるんです。目を惹くビジュアルノベルではなく、シン・テキストADVならではの仕掛けも相まって大満足でした。
文字だからこそ実現した愛の物語。
アナタが気に入ってくれると幸いです。
〈詳細情報〉
| ゲーム名 | 文字遊戯 |
| ジャンル | テキストパズルADV |
| ストア価格 | 3,600円 |
| リリース日 | 2025年8月13日 |