失われた時間を取り戻す、年に1度の奇跡『じゃあ、また』

大切な人にもう一度会えるなら、何を伝えますか?

じゃあ、また』は、そんな問いかけを投げかけてくる。本作は亡くなった母に会うため、年に一度だけ誕生日にタイムトラベルを繰り返す少年の物語だ。

約1時間ほどの短編ノベル作品だが、その短い時間の中には、言葉にできなかった想いと失われた時間を取り戻そうとする切なさが詰まっている。

画面をスワイプして霧を晴らせば、モノクロの世界に鮮やかな色彩が加わる。夏の蝉の声、夕暮れの光、そして二度と戻らない日々が描かれていく。誰もが心の奥に抱えている「あの時、こう言えばよかった」という後悔に、そっと寄り添ってくれる作品だ。

過去へ戻り、母との時間を取り戻す


物語の主人公は10歳の少年「ナツ」。生まれてすぐに母を亡くした彼にとって、母は写真の中にしか存在しない。 学校の宿題「ぼくのおかあさん」を前に、彼は何も書けずにいた。母について知らないから。

そんなナツの誕生日に不思議なことが起こる。願い事をした瞬間に母のいる時代へとタイムスリップしてしまうのだ。 そこで出会ったのは、カメラマンとして生きる母。彼女はナツを息子とは認識せず、「最近引っ越してきた写真好きの子ども」として接する。

6月6日。誕生日が来るたびにナツは母に会いに行く。ぎこちなかった二人の距離が、写真を通じて縮まっていく。 母からカメラの使い方を教わり、一緒に自撮り写真を撮り、何気ない会話を重ねる。それは本来なら経験できなかった、かけがえのない時間だった。

現実で鳴っているような蝉の声

今作で特に印象的だったのが、音響面へのこだわりだ。なかでも蝉の声の表現が素晴らしい。BGMの一個奥から聞こえてくる音の響き方が妙にリアルで、部屋の外で蝉が鳴いているのかと錯覚して思わずイヤホンを取って確認してしまった。

左右から聞こえてくる蝉の声、遠くで鳴いている声と近くで鳴いている声。細かい部分まで感じ取れる音作りが、夏の情景を鮮明に浮かび上がらせる。

もう一つ印象的だったのが、音楽プレイヤーで曲をかけるシーンだ。タイムトラベルの前後に登場し、音符のアイコンをクリックすると音が流れる。 1回、2回とクリックを重ねるたびに音が大きくなり、6回ほどクリックして本来の音量に達する。

この演出が物語への没入感を高めてくれた。ただ音を鳴らすだけでなく、プレイヤーの操作によって音が育っていく感覚。 細かい部分だが、こういった丁寧な作り込みが、今作の世界観をより深いものにしている。

夏の切なさにノスタルジーを感じて

今作が描く「夏」は、ただ暑い季節ではない。それは失われた時間であり、切なさと温かさが混ざり合った特別な季節だ。 序盤は昼間のシーンが多く、物語が進むにつれて夕方や夜にかけての場面が増えていく。

筆者のお気に入りは、夕景のオレンジと夜の暗い青が混じり合う場面。母と出かけて写真を撮りに行くシーンやキャンプでの情景。 黄昏時という時間帯が、現実とあの世の境界が曖昧にしていくように感じた。

夕暮れを見ると、一日が終わっていく寂しさを感じる。楽しい時間も悲しい時間も、平等に進み夜が訪れる。その儚さがナツと母の関係性と重なった。

彼らの時間もまた夕暮れのように限られていて、やがて終わりが来る。この視覚的な演出が、物語のテーマを静かに語りかけてくるようだった。


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絵を一切使わずに文字だけで作られたテキストADV『文字遊戯』。様変わりした世界観が目玉と思いきや物語は思わぬ方向に進み、プレイヤーは言葉に干渉しながら世界を書き換えて真実と向き合うことになる。


旅の終わりは自身の始まり

物語が進むにつれて、「このタイムトラベルに終わりはあるのだろうか?」と疑問に思った。 ナツは毎年誕生日に母に会いに行く。このまま幸せな時間が続けばいいのに、と願いつつ、もしかしたら「主人公が母を死なない世界線に変えてしまう」とも思った。

でも物語には終わりがあった。タイムトラベル前のPCに表示されたメッセージで、それが最後だとプレイヤーは知る。 そこで、母のお腹が大きくなっていることに気づく。母が妊娠したのだ、ナツ自身を。

この構造に深く納得した。何かの終わりは、必ず何かの始まりでもある。 母の命が終わることで、ナツの命が始まった。そして母との旅が終わることで、ナツは本当の意味で自分の人生を歩み始める。これは世の摂理であり、避けられない真実だ。

結果は変わらない。母はもういない。でもタイムトラベルで過ごした時間が、ナツに生きる力を与えた。 言えなかった感情を解消し、失われた時間を取り戻したことで、彼は自分の人生を歩めるようになったのだ。

親子の愛が教えてくれたこと

『じゃあ、また』をプレイして、改めて思った。言いたいことは、今のうちに言っておくべきだと。 ゲーム内でも描かれていたが、亡くなった人には言葉を伝えられない。「ありがとう」も「ごめんね」も「大好きだよ」も、言いにくいことほど後回しにしてしまう。

この作品は後悔を抱えた人々への物語だ。もう一度会えたら、何を伝えたいか。 その問いに向き合うことで、今大切にすべきものが見えてくる。ナツが母と過ごした時間は、失われた過去を取り戻す旅であると同時に、これからの人生を生きるための旅でもあった。

美しい風景と音楽、そしてなによりも親子の愛。すべてが絡み合って忘れられない体験を生み出している。 もしあなたにも、伝えたい言葉があるなら。言いにくいことでも、勇気を出して伝えてほしい。いつか「じゃあ、また」と笑顔で言える日が来るはずだから。

〈詳細情報〉

ゲーム名じゃあ、また
ジャンルビジュアルノベル
ストア価格470円
リリース日2022年10月3日

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『Keep Only One Loneliness』


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