パンチの効いたビジュアルの作品を見ると身構えてしまう。芸術性を素直に受け取れる真っすぐな性根だったら良かったものの、斜に構えて長所から目を背ける悪い癖がオッサンになっても抜けない。
とはいえ、屈服した作品もある。過去に書いた京都開催のゲームイベント『BitSummit』のレポ記事にて紹介した『萬手一体』というゲームがまさにそうでした。こんなやり方もできるんだなと感銘を受けたんです。
レポ記事公開から時が経ち萬手一体の製品版が発売。「おっ、これはめでたい!買おうかな~」と思っていたところ、まさかの開発者様からのお声掛けでプレゼントして頂きました。こういうことあるんですね。
ビジュアルだけでゲーム性がおざなりだったら闇に葬ろうと暗躍していましたが、想像以上に面白くて紹介しないのは勿体ないと感じたので記事にしました。媚びれない性分なので素の感想です。
※この記事は『Lightning Games』様よりKey提供を受けて制作しています
陰鬱な過去と向き合う不気味なデッキ構築RPG

『萬手一体』は手だけの顔になった主人公が悪夢と対峙するデッキ構築RPGです。ビジュアル的にホラーっぽく見えますが、狂った人間の心情に焦点を当てているだけで恐怖要素は薄め。また章立てで物語が進展するため、ローグライクよりRPG寄りです。
顔をなくして目覚めた主人公。追い打ちを掛けるように、『論理』『神秘』『行動』の思考を具現化した存在に問い詰められます。ゲーム開始直後から怒濤のスリラー要素。直接的な恐怖はにないものの、じっとりした不気味さは強めです。

戦闘は指で作られた心臓を守りつつ、やられる前に両手で敵を倒せば勝利。デッキから武器を引き、手に持って装備してから殴る形になります。カードを使う前にワンクッション置かれている感じです。
登場カードも文房具や工具など日用品が多く、実写にこだわったユニークなデザインも印象的。「ここでボールペンが来たらリーサルや…」のような独特な手触りもあって個人的に好きでした。

見た目のインパクトに気圧されたものの、ゲーム性も独自性が光る内容で推せる作品でした。後半の選択肢によってエンディングも分岐するため、物語重視で作られている点もポイントです。
紹介したい部分は多々ありますが、いかんせん各要素が濃いので先んじて世界観やストーリーについて触れようと思います。サクッと流し読みしながら気になった部分を読んで貰えれば幸いです。
ミニチュアを使った表現方法で世界観をいっそう強固に

主人公は包帯ぐるぐる巻きのミイラ状態になっており、顔面以外のアートワークにも拘っていることが伺えます。モード選択画面ではミニチュアを使ったアニメーションが展開されるなど、手間を掛けて体験を底上げする姿勢は狂気そのものでした。
まず物語序盤でやることは『とある指輪』を探すこと。悪夢から目覚めた主人公がおもむろに外を眺めると、風景が変わり『過去の思い出』とリンクした鏡の世界に移動できるように。

最初のステージは学校。話を追っていくと、どうやら主人公が過ごした校舎に指輪がある様子。幻影の化け物を倒しながら校舎に進んでいくと、新たな謎が増えて世界観も濃くなっていきます。
そもそも萬手一体とは何か。どうしてこうなったのか。指輪を探す理由は何なのか。いきなり放り出されて謎だらけの状態ですが、主人公が化け物にならざる得なかった理由も後になって分かるのでご安心を。

これは余談ですが、作中に文学作品の引用が用いられるイベントもあり、原作を読んだ人もしくは知っている人はグッとくる場面も。歴史に残る名作のオマージュを断片的に入れている辺りにセンスを感じます。
概念そのものが襲ってくる世界観や、ガイド役となる3種類の思考など、全体的に論理的で哲学めいた雰囲気。『狂った男の心情』を表す先鋭的なデザインと、独特のゲーム性が共鳴してて満足度高めです。
甘美な幻と醜悪な現実

指輪を回収している最中、うずくまっている男性から指輪について問われます。何か知っていそうな雰囲気。詳しい話を聞こうとするも「ママが来る…」と言い残して去っていくので謎は深まるばかり。
今作は学校の他に複数の『記憶の世界』が用意されており、物語が進展するたびに舞台も切り替わります。各章で出会ったキャラクターにも出会えるので、何度も出会えば何かヒントが貰えるかもしれません。

指輪を見つけた矢先、今度は別の謎が明らかになります。指輪はとある女性から受け取ったものであり、その人物が悪夢と関係している…的なことが語られるんですけどボカしますね。
主人公が包帯ぐるぐる巻きになった理由も回収されるので、個人的には総じて納得のいく物語だったな~という印象です。超現実的な世界観のベースを崩さず、空想と現実を行ったり来たりする流れ。

伏線の張られたミステリ作品ではなく、人間の心情にフォーカスを当ててねっとり深掘っていくタイプの話でした。瞬間的な驚きよりも付きまとうような仄暗さがあって、人によっては野暮ったいと感じるかも。
まぁこの辺はネタバレになっちゃうので詳しく触れないとして、文学作品の雰囲気が好きな人は居心地良く感じると思います。一旦区切りがついたので次はゲームシステムを見ていきましょう。
HARF-WAY コマーシャル
絵を一切使わずに文字だけで作られたテキストADV『文字遊戯』。様変わりした世界観が目玉と思いきや物語は思わぬ方向に進み、プレイヤーは言葉に干渉しながら世界を書き換えて真実と向き合うことになる。

新カードで拡張したデッキを使った戦術の固定化も可能

今作はデッキ構築RPGであり、遊ぶ度にデッキが変化するローグライクではありません。自前でデッキを作成して持ち込めるため、戦略を固定化して遊べます。「欲しいカードが組めねぇ!」とかはないです。
マップを散策しつつイベントをこなすと、新カードが手に入りデッキを強化できます。物語は1章辺り2時間前後(筆者の肌感)で構成されており、シナリオを読みながらじっくり遊ぶ作品といえるでしょう。

また獲得したカードや選択肢によって『思考』が確立され、得られるカードタイプが分岐するのも特徴。筆者は『論理的思考』を軸にしてクリアしましたが、思考別に異なる手触りを楽しめそうです。
もう一つの特徴として、敵を倒す度に『悪夢レベル』が上昇してデッキ内のカードに呪いが発生。呪われたカードはデッキから抜けず、利用制限やHPダメージなどのデバフが付与されます。


戦闘を重ねる度に悪夢レベルは貯まり続け、蝕まれるように弱体化も進行。消費アイテムの『マッチ』を使って悪夢を緩和できるので、苦しくなったらガンガン使うのが吉。
ゲーム設計的に周回プレイでさくっと遊ぶのではなく、腰を据えて物語と向き合う方向で作られています。ゲームの進行速度はRPGと近いので、シナリオに触れながら遊びたい方にはド真ん中だと思います。
『手に持つ』ワンクッションでコンボ難易度が緩和する

もう少しゲーム性を深掘っていきましょう。従来のカードゲームはコストを払ってカードを即使用しますが、今作ではカードを使用する前に手に持つ必要があります。武器を装備してから使うイメージですね。
『カードの持ち越し』が擬似的に可能となり、コンボや立ち回りに恩恵を与える場面も。デッキ構築特有の「今は要らねーよ!」的なコンボパーツをストックできるため、テトリスっぽい感覚で楽しめます。

今作には上段/中段の概念があり、上段の心臓部を倒すまで中段に大量の敵が出現します。範囲攻撃とバフを合わせて一蹴したり、高火力で心臓だけを狙ったり、カードを切るタイミングに重点を置いている印象。
序盤は右手と左手しか操作できませんが、物語が進むと追加で特殊能力付きの手が二本追加されます。最大4つの手で殴れるのでコンボ難易度も低く、割と思い通りに進むので遊びやすかったです。

作品の世界観を活かしつつ独自性も担保していて見事です。ボス戦では信じられないくらいユニットを召喚されて絶望しますが、こちらの火力が想像以上に高いので割とどっこいどっこいなのも面白い。
カードの『ホールド機能』を『手に持つ』に置き換える一工夫。ちょっとした閃きがオリジナリティを生んでて唸りました。とにかく雑魚敵が湧くので、敵をぷちぷちと潰す詰め将棋のような手触りにも注目です。
顔面改造で戦闘に彩を

物語を進めると、特殊能力を持った目や口などの『顔のパーツ』も入手可能。口を変えると個別スキルが付与され、目を変えると手に特殊能力を付与されます。ちなみに明らかな壊れパーツもなく良調整です。
例えば、目を『獣の目』に変更すると初期の両手が獣の爪に。「単体に2ダメージを与えて撃破時にシールド付与」がノーコストで付与されます。しかも毎ターン発動するので超絶お得です。

口を変えると固有スキルが変更できるので、立ち回りにアクセントが出て戦略性も広がります。手堅くHP回復で耐えるもよし、相手の攻撃を妨害して時間を稼ぐもよし、火力で強引に轢き殺すもよし。
構築デッキを持ち込めるため、集めたパーツで好き勝手立ち回れるの自由度も今作の醍醐味。「武器に○○を付与する」といったコンボカードも多く、ゲームの核が分かるとサクサク進むと思います。

物語が進むと厄介なギミックを持った敵も出てきますが、仮に詰まっても入れ替えパーツが豊富で対策し放題。攻撃を跳ね返す敵や同時撃破が必要な敵はもちろん、無敵状態で殴ってくる敵にも対処できます。
敵を倒す順番が大切になるため、どことなく詰め将棋っぽい感覚。中段に敵が大量出現しても無問題。心臓部を倒せば残りの敵は消えるので、遠距離爆撃で大逆転勝利なんてことも珍しくありません。
【カード紹介ミニコーナー】
迷ったら使うべき3つの武器

序盤の手引きという程でもないのですが、個人的に好きだったカードをぬるっと紹介します。1周クリアした感じだと『ぶっ壊れカード』はなさそうです。
とはいえ、情報を出し過ぎると初めて見つけた時の感動が薄れる可能性もあるので、雑談の延長線としてふわっと聞き流してくだせい。
範囲攻撃の要『スライド系』

今作は大量の敵が毎ターン湧いてくるので範囲攻撃を使うタイミングと方向が重要です。原則として全体攻撃はできない(それっぽいことはできる)こともあり、コップ系は序盤から終盤まで重宝します。
中段の敵の攻撃力は「残存HPが同等になる」システムのため、敵の体力を削る=被ダメ軽減にも繋がります。敵の火力を下げるという意味でも、コップ系はマストで組んでおきたいところです。
カードを強化する『薬品系』

前述したように今作は武器を持ち越せる都合上、バフカードの価値がべらぼうに高いです。よほどのことがない限り腐らないので、迷ったら入れときましょう。筆者的に『力の薬』が熱い。
効果は「使用後にスワイプ武器の火力を増やす(3枚適用)」というもの。これ1枚で3枚のカードが強化できるので破格です。アドバンテージのバーゲンセールです。というかコレ使わないとクリアできなくない?
心臓狙いの火力カード『錐』

端的にいうと、中段の敵を処理しながら上段に貫通ダメージを与えるカードです。2体の敵に干渉できるってだけでも強いのに何故か火力も高くて超万能。困ったら入れとこう系ですね。
硬い敵をしばき倒すのはもちろん、心臓部のフィニッシャー役としても大活躍。わりと序盤から入手できるので最後まで愛用してました。シンプルだけどこういうのが一番強い。
じっとりした不気味さが好きな方におすすめのデッキ構築作品

とあることをきっかけに狂ってしまった男性。自ら悪夢に潜っていたはずが、中途半端に真実を追い求めて苦心する。クリアまで走り切ったいま、ビジュアルノベルではなくデッキ構築にした理由も分かった。
シナリオ部分が肝なのでデッキ構築とノベル作品が『両方好きな人』にピン刺しで刺さる感じ。カードゲームに慣れていれば触りやすい反面、敵の数が凄いのでシナリオだけ追いたい人は苦戦するかも。
人の狂気に遊び心を混ぜる。自分の触れたいものはこういう作品なのかもしれない。うだうだ書きましたが面白かったのでおすすめです。
おわり。
〈詳細情報〉
| ゲーム名 | 萬手一体 |
| ジャンル | デッキ構築RPG×スリラー |
| ストア価格 | 2,000円 |
| リリース日 | 2025年4月22日 |