それなりに生きていると、大切な存在を失う喪失感を経験したことがあるかもしれない。ふとした瞬間に脳裏をよぎり、深い井戸の奥底から悲しみが湧きだしてくる。闇は何もない場所よりも、光があった場所でこそ濃くなる。我ながらキモい導入文だ。
人気ライターならここで恋バナの一つや二つを混ぜるところ、筆者にはエッモい恋愛エピソードがない。パッと思い出せるのは、学生時代に同じクラスの女子に呼び出され、「これ…安達君に渡して欲しいの!」と手紙を渡された失恋の記憶。もちろん渡した。
短編アドベンチャーゲームは『喪失』をテーマにした作品も多く、遊んでいる最中にもの寂しさを感じる場面も少なくない。何かが欠けていく痛みは不思議と心地良くて弱った心に染み渡る。誰かが救われる話で元気になるよりも、一緒にクヨクヨできる仲間が欲しいときもある。人間はそんなに強くない。
いつからか、気になったゲームを間髪入れずにカートへ放り投げ、時間を惜しむように口へと運ぶ悲しきモンスターになっていた。のんびりと作品を眺める余韻もなくなり、「あーでもない」「こーでもない」と悩む至福の時間もなくなった。染みついた多幸感とのお別れ。言い様のない虚しさを感じる。
他人の不幸は蜜の味とは良く言ったもので、他人の喪失体験を横取りして傷口をぺろぺろするのが最も甘美だったりする。表面化しない押し殺した暗い部分を誰しも持っていて、自分を守りながら上手くガス抜きしなきゃ生きていけない。わざわざココに来て記事を読んでいるあなたも同じ穴のムジナだ。
とはいえ、小説のように濃淡の付いた物語を必ずしも読みたい訳ではない。行列のできる有名ラーメン店よりも、近所の町中華でサクッと満たされたい時だってある。だから探した。なるべく淡々とした喪失物語を。そこで見つけたのが『Pine: 喪失の物語』だった。
今作は妻を失った木こりの生活を描く短編作品だ。主人公は山奥でひっそり生活していて、ふとした瞬間に奥さんを思い出してクヨクヨする大男。操作していて欠伸が出るほど同じ動きをくり返し、妻の幻影をフラッシュバックさせては楽しかった日々を思い出してしょんぼりしている。
単調だけど気に入った。お涙頂戴の展開があるわけでもなくて、でっかい木こりが凹んでいる姿を終始眺めるだけ。劇的なサプライズも起きないストーリー。他人の日常を無為に覗いているようだった。この味気なさと喪失感が異様にマッチしていて惚れ惚れする。
物語が進むと、大男は斧を片手に妻の彫刻を彫りだす。ごつい男がちっちぇ木材を包み込み、芸術的な激重アートを作る姿に哀愁を感じざる得ない。淡々とした日常をくり返しつつも、大切な人の幻影を模った木像が次々と飾られる。物語は一向に進展しない。
「心機一転して前を向こう!」のテーマかと思いきや、他人の寂しさをじっと眺めるゲームだった。ジェットコースターみたいに場面が切り替わる感動物語ではないけど、人生は美しいと言わんばかりにポジティブな展開のゲームより間違いなく誠実だ。
例えるなら、フランスパンを何も付けずにそのまま囓っているようなゲーム。ずっと同じ味。ずっと同じ硬さ。ずっと同じ小麦の香り。意図的に同じシーンが使い回され、何度も同じ場面を見ることになる。井戸から水を汲み、野菜に水を与え、食事を作る。たまに妻の面影に触れて心がくさくさする。
最後の最後までクヨクヨしてるので、人によっては苛立ちを覚えるかもしれない。なので、ゲームとして良いか悪いかの判断軸はボカした。ゲーム記事なんてものは基本的に書き手が好きだから書いているに過ぎないのだから。他人の評価で作品を決めてしまうのは何だか勿体ないことだとも思うし。
ここ最近、同窓会の連絡がLINEに届いた。カーストの上でも下でもない立ち位置だったので、どうやら忘れられなかったらしい。相変わらず真面目そうな雰囲気を醸し出すクラス委員のアイコンに気が緩む。
面倒だったらドタキャンするとして(クソ野郎)、一旦入ってみると、手紙を渡してくれと催促してきた女性を見つけた。子どもを抱きかかえ、満面の笑みで丸いフレームに収まっていた。
それなりに色々なものを経験して、それなりに色々なものを失ってきた。仮想通貨で300万円くらい溶かしたこともあった。手に入れるまでは時間が掛かるのに、失うときは一瞬だから人生は素晴らしく理不尽だ。現実は思うような展開に決してならない。
喪失感にめそめそして、決別から逃げることを美徳に感じる日々。痛々しくて、惨めで、苛立ちを感じることもある。でも、鬱々とした日々に寄り添いたくなる日だってあると思う。今作は最後の最後までうだつの上がらない男の物語だったけど、結末が余りにも呆気なくてそこもまた良かった。
もしあなたが何かを失ったとして、直ぐに立ち直れなくても自分を責めないで欲しい。ふとした時に過去の記憶を思い出して、体育座りで塞ぎ込んで涙を流すかもしれない。その時はとことん泣いて欲しい。前を向きたくない時に今作を遊びながら大男と一緒にふて腐れて欲しい。きっと楽になると思うから。
〈詳細情報〉
ゲーム名 | Pine: 喪失の物語 |
ジャンル | ポイント&クリック |
ストア価格 | 1,200円 |
リリース日 | 2024年12月14日 |