そこそこ出来るが上手くはない65点の自分へ『Pixel Cafe』

 田舎に似つかわしくないお洒落オーラを唯一出していたカフェでバイトをしたことがある。なんかモテそうだったからだ。全男性が一度は血迷う動機で視察を重ね、そのたびにアイスココアだけ頼む妖怪ココアおじさんムーブで身体を慣らしていった。

 オーナーと呼ばれる謎の眼鏡おじさんに履歴書を提出し、「なんでこんなところ来たの?」の問いに、「なんかお洒落だったので」と受かる気ゼロの返答を返す。まぁ落ちても別に良いや(良くない)と思っていた。苦笑いで会話終了と思いきや、明日からよろしくね~で終わった。運ゲーに強い。

 自分でいうのもアレだけど、それなりに色々できるタイプだと思う。65点くらいでそつなくこなすので、一人じゃ不安だけど誰かとセットなら役立つ的なポジションだった。とはいえ、賄いパスタを自分で作って食べたり、暇な時はフライパンに塩を入れて鍋振りの練習をしたり、まーまー頑張った記憶もある。

 キッチンにぶち込まれた後、人手不足も相まってレジ接客係にも任命された。「レジのボタン多過ぎクソワロタ~」状態だったものの、慣れとは恐ろしいものでオーダーを取りながらパスタやビステッカも作れるようになった。俗に言うワンオペだ。あの経験があったからこそ、いまではベーコンをなんか良い感じのサイズに切れる男になった。

 暇な時間帯なら一人でもやりきれるものの、夕食時に家族連れが入店するとヤバい。心情的には路地裏でヤンキーに囲まれたとき並にヤバい。嫌だな~とかではなく、終わった~に近かった。レジで注文を受けながら作る順番を頭に描き、急いで厨房に移動してパスタをゆでる。こんなことばかりしていた気がする。

 ゲームのワンオペは、走り回って複数のタスクをこなすことが多い。実際のワンオペはもっと狭い。注文を受けつつコーヒーをセットして、合間を見てレモンスカッシュやケーキの準備をする。ほぼ全てが片手の範囲内で済むので言い訳しにくい。そんな気持ちを思い出させてくれたのが、『Pixel Cafe』だった。


Pixel Cafe』はキッチンカー等の狭い作業場を一人で回していくワンオペ×ADV作品。バイト先で雇い主に上手いこと言いくるめられ、何も言い返せずに職場を転々とする日々が描かれる。給料未払いなのに罵詈雑言が飛んでくるので最初はグッときます。

 いざゲームが始まると、コーヒーや軽食の準備はもちろんのこと、カラフルなドリンクやトッピングマシマシのピザ等の注文が次々と入ってくる。大半は食事と飲み物がセットで注文され、一つでも間違えると全て廃棄になる。ミスれば当然怒られて減給だ。

 注文、調理、会計、掃除。全部が一人の少女にのしかかる。対応が遅ければ怒号が飛び交い、要領良くこなすとチップも弾む。仕事終わりにオーナーから小言を言われ、思わず「てめぇマジでブチ殺○ぞ」と心の中でキレる少女。弱々しい殺意に胸が痛む。

 ステージが切り替わるたびに新しい作業も増えていき、序盤からハイカロリーなタスク処理を求められる。オーブンやコーヒーメーカーなどのマシーンタイム(時間が決まっているタスク)が発生するものを優先しつつ、人力で捌ける客から対応していく。

 飲食店バイトの経験者は分かるかも知れませんが、順番どおり律儀に対応していると全く進みません。使える調理器具が限られている以上、機械が常に稼働している状態が理想です。現実と全く一緒。

 ここまでの話をまとめると、幸薄少女のワンオペ物語にしか見えませんが、今作はADVと銘打てるストーリーも存在します。家族との隔壁、理不尽なオーナーとの衝突、将来への不安。フリーター時代を持つ人は思い当たる節があるかもしれません。

 なんだか昔を思い出すんですよね。どれだけ働いても給料は絞られ低賃金。給料日には冷蔵庫に隠してある巾着袋に手を入れ、自分の茶封筒を引っ張り出す。数枚のお札と小銭で感じるわずかな質量。あの指先の重みはこの先も忘れないと思う。


 ふと思い出したかのように元バイト先の前を通ると、そっくりそのまま中抜きされて生鮮野菜の販売所になっていた。変わった場所に店を構えていたので然程の驚きはない。でもちょっとだけ、寂しいものだなと思った。お洒落だった店名は、愛くるしい漢字で『生鮮市場』と上書かれていた。

 ほぼ暇で誰も来ない日も多かったけれど、あのバイト経験は自分に取って良いものだったと思う。茹で時間を果てしなく越えてびよびよになったパスタも、会計で戸惑う自分に客が放つ威圧的なオーラも、笑顔で大盛りを頼んでペロッと平らげたOLさんの笑顔も、今の自分を形成している気がする。

 バイト先の店長は律儀に休憩を守る人で、よっぽど忙しくない限りはしっかり休んでいた。「お前手伝えよ!」と思うことも多かったけれど、店長から見れば屁でもない忙しさだったことを後ほど知った。

 咥えタバコ(キッチンは禁煙だったけど)を吹かし、片手でスマホのパワプロ君を遊びながらパスタを作る。なんならビステッカとハンバーグとボロネーゼも作っていた。嫌いになれない天才だった。

 とある日の休憩中、暇だったので日記を書いていると、店長が「何を書いてるか分からないけど、きっとなんとかなるっすよ~」と声を掛けてくれた。ありきたりな会話だったけど、口下手な店長がぽろっと溢した言葉に救われた。人間は何気ない一言で何とか踏ん張れる生き物らしい。

 途中で何かを辞めても、それなりに続けても、それは遠くない未来できっと役に立つ。それがバイトだとしても。それくらいやんわりと、うっすい期待を抱いて人生を生きても良いのかもしれない。

 パスタの湯切りに失敗してヤケドした日、店長は「一度冷やすと冷やせなくなった時に痛くなるから冷やさない方が良い」と謎理論を展開していた。人としてそこはかとなく好きだった。

〈詳細情報〉

ゲーム名Pixel Cafe
ジャンルワンオペADV
ストア価格1,500円
リリース日2023年11月30日
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