ハイファンタジーな世界観を楽しむには、時間的余裕がないと難しい。ゲームの場合、会話・サブクエ・探索など、様々な要素に脳を切り替える必要がある。忙しい日々の中、どっぷり浸かるのは至難の業だ。
例えば今、私が『Planescape: Torment』を楽しめているのは、金に余裕が無く時間だけあって現実逃避したいから、という前提で成り立っているかもしれない。ほぼ上位互換と言いたくなるほど洗練された『Disco Elysium』。さらに2023GOTYを獲った話題作『バルダーズゲート3』が出る中、本作を推すのは難しい。
正直な話、上記の理由から一切の迷いなくおすすめできる人は限られる。しかし一定の評価軸で優劣を付けれても、作品への完全な上位互換や代替作品は無いと信じたい。本作には、本作ならではの魅力がある。
金に余裕は無く、時間だけは有り余っていて、思索に耽って現実逃避がしたい人。つまりニート的な存在なら迷いなくおすすめできる。ニートの可処分時間を舐め過ぎかも知れないが、そういった動機を元にして本稿を執筆することにした。
※本記事はバグやグラフィック改善が施されたエンハンスドエディションを、有志による日本語訳で遊んだ体験に基づいて書かかれています。基本的に善人寄りな選択で50時間くらいかけて遊びました。ネタバレは避けたつもりですが、本作を遊ぶ予定の方は何も読まずに自分で遊ぶのが一番良いと思います。
『Planescape: Torment』ってどういうゲーム?
自らの記憶をたどる物語
死体置台の上で目を覚ました。ここは死体安置所のようだ。体を起こすと、目の端で何かが動いた。浮遊する頭蓋骨だ。いや、浮遊する、喋る頭蓋骨だ。頭蓋骨が喋り出したのだ。
―プレーンスケープトーメント非公式小説より引用より
『Planescape: Torment』は、1999年にBlack Isle Studiosによって開発されたロールプレイングゲームである。プレイヤーは不死の肉体を持ち、記憶を失ってしまった<名を持たぬ者>(The Name Less One)として自らの記憶を追う。誰かを助けたり、あるいは騙したりして情報を集めているうちに、少しずつ記憶の断片が明らかになっていく。
所謂、ネタバレ厳禁案件である。終盤での伏線回収の盛り上がりはもちろん、序盤からゾクリとさせる展開が多く惹き込まれる。じっくりと文章を読んで世界観に浸ることができれば、エンディングでは熱いカタルシスと深い余韻があなたを待っているだろう。
テキストの海に溺れる
本作は、ひたすらダイアログを読むゲームだ。ウィットに富んだジョークから難解な世界設定、抽象的な問いまで、埃っぽく鬱屈とした雰囲気が情緒たっぷりに綴られる。会話による分岐(ダイアログツリー)も半端じゃないため、エリア内のキャラ全員と会話するだけで1日(現実時間)過ぎる文章量が用意されている。
武器やアイテム、特に重要なものには細かいフレーバーテキストがあるのも嬉しいポイントだ。全部読むわけじゃなくても、あるだけで嬉しいのがフレーバーテキストである。
…え?<最終判決>(ファイナル・ジャッジメント)は流石に厨二臭い…?うるせぇ!かっこいいだろ!!!
原文も「Final Judgment」なので、そのまま当て字してるんだと思います。有志翻訳者様、本当にありがとうございます。
主人公が死なない、遊びやすいCRPG
本作は『バルダーズゲートシリーズ』と同じく、TRPGであるD&D(ダンジョン&ドラゴンズ)に基づいたルールや世界観をデジタルゲームとして落とし込んだ作品だ。ゆえに細かいルールやシステムがあり、前提知識が全く無いとハードルも高くなる。そもそも1999年にリリースされたゲームのため、ビジュアル的にとっつきづらいかもしれない。
↑は本作の1年前に発売された初代バルダーズゲートのEE版。同じゲームエンジンで開発されており、ルールやシステムもほぼ同じ。
しかし本作は、主人公が不死身の設定なので、もし死んでも敵の体力が削られたまま近くにリスポーンできる。イベントによる戦闘も、会話によってうまく切り抜けられるものが多い。よって本作をクリアするのに、細かいルールやシステムを理解する必要はあまりないとすら言えるだろう。
高難易度で遊ぶのは後述する理由から面倒だと思うが、キャラクリなど含めて雑に遊んでも、楽しんでクリアまでいけるだろう。初代バルダーズゲートEEを攻略wiki片手になんとかクリアした私としては、かなり遊びやすいゲームに感じた。とはいえ、ゲームで長々とテキストを読むことに抵抗がなければの話だ。
もちろん、様々な会話や選択肢を引き出した上で、スリや戦闘でパパっと解決して相手を出し抜くことも可能だ。選択の自由はあなたの手に委ねられている。
愉快なコンパニオンを紹介
Planescape: Tormentには、冒険を共にする仲間たちが複数存在する。プレイヤーの行動によっては士気が下がり離脱するコンパニオンもいるため注意されたし。
メインストーリーと強く結びついたキャラクターも多く、彼らを深く知ることで大きな驚きを与えらえる時も少なくない。親密になると戦闘能力が向上するキャラクターもいるため、積極的に会話をすると良い。
ここでは、序盤で仲間になるキャラクターを軽く紹介しよう。
モーテ
属性は混沌にして善
おしゃべり髑髏。冒頭からプレイヤーに帯同し、プレイヤーに色々アドバイス、否、余計な口を挟む。
本作は全体的に埃っぽいというか、暗く重たい空気感が漂っている。そんな道中、アレコレと小ボケをかましてくる彼の存在はとても大きいだろう。大半はしょーもない下ネタですが…
口は悪いが主人公を大将(Chief)と呼んでくるなんとも憎めないやつである。多くのプレイヤーにとって相棒的ポジションになるだろう。
戦闘では基本的に歯(拳)で殴るだけですが、耐久力が結構あってかなり頼りになります。
アンナ
属性は混沌にして中立
ティーフリングの少女。口汚く主人公を罵ったり、素っ気ない態度を取ってくる…がその実態は絵に描いたようなツンデレである。主人公が女性キャラクターと会話するだけで嫉妬ムーブをかましてくる。
ローグとファイターのマルチクラスで、主にフィールド探索における罠の探知や鍵空け要員を担う。隠密によるバックスタブも強力だ(私は面倒だからあまり使わなかった)。主人公がローグの時、その技能を鍛えてくれる。
ダッコン
属性は秩序にして中立
ギスゼライと呼ばれる種族の老いた男性。ギスゼライの信仰や歴史について書かれた「ゼルシモンの不壊の輪」を肌身離さず持っており、彼の言葉一つ一つに信心深さと威が備わっている。
ファイターとメイジのマルチクラス。専用のバフ・デバフの魔法が強力で、サポーターかつ前線にも立てるのが魅力。主人公がメイジの時、専用の魔法を学ぶこともできる。
戦闘やビルドを楽しむゲームではない
本作は1999年にリリースされたロールプレイングゲームである。令和の時代に改めて遊ぶと、やっぱり細かい部分で不満は多い。まず初めに、戦闘要素が丸々邪魔くさいことに触れておくべきだろう。
上述したが、本作は会話の選択肢によって戦闘の多くを避けられる。フィールド上のザコ敵はもちろん、うまく避けて突き進める。何より主人公は不死身で仮に死んでも敵の近くでリスポーンするため、詰むことはほぼなくストーリーを進めることも可能だ。その前提の上で、以下の不満点を読んでほしい。
↑魔法の演出はやたら派手で面白い。
戦闘システムはリアルタイムだが、一時停止させて指示を出すこともできる『RTwP(リアルタイムウィズポーズ)』と呼ばれる形式を採用している。AIは融通が利かないので、プレイヤーが一時停止しながら細かく指示を出さなければならない。
そのシステムゆえなのか、「回復をこのキャラに!」とか、「この敵は体力少ないから火力があるキャラはほかの敵を攻撃!」みたいにタイミングを見計らって行動を取らせるのが難しい。ざっくりまとめると、連携が取りづらい。
しかし、回復などのアイテムは使いたいときにいくらでも使えてしまう。死んでも近くで復活するため、戦闘がただ鬱陶しいものに感じてしまう。私は当初最大難易度5でやっていたが。「面倒なだけじゃね..?」と思って3に下げた。正直これから遊ぶ人は、難易度を一番低くして戦闘はおまけと割り切って遊ぶほうが、無駄に苦しまず済むだろう。
またビルド幅を楽しむ余地もあまり無い。知力、判断力の能力値がストーリーの「失った記憶を思い出す」と連動し、本作の魅力である「会話」に大きく影響を与えるからだ。知力、判断力を伸ばすことで、失った記憶を取り戻しやすくなり選択肢が増える。
世界観の理解や、色んなキャラクターの一面を見るのが面白い作品なので、必然的に会話を引き出すような遊び方になる。バルダーズゲートEEのような、キャラクリやビルドの幅がめちゃあって色んな戦い方、遊び方を試す面白さは見出しづらい。
逆に言えば、奥深い物語や会話を楽しむゲームとして尖っていたからこそ、今やっても色褪せづらいと言える。メカニクスなどは時代による劣化を受けやすいと思うのだ。BGEEを今遊ぶ理由は本作よりも限られるんじゃないかな。
“RPGの物語”だから光るテーマ
2023年に本作を遊ぶとなると、主人公が記憶喪失かつ読むのがメインのCRPGなど、多くの共通項を持つDiscoElysiumとの比較は避けられない。そして多くの要素は、リリースされた年代からして古臭く、比べるに及ばない。操作性や探索のしやすさはもちろん、無駄な戦闘も無いDiscoElysiumの方がスマートだ。
そしてなにより、善悪・秩序・混沌の軸だけで主人公を定義づける本作に比べ、色んな思想が芽生えたり脳金・知性ビルドなど多様な役回りを楽しめるDiscoElysiumのほうがロールプレイの幅も高い。
しかし、物語のテーマや明らかになっていく事実は、善人・悪人などのロールプレイで描くからこそ輝く。単に選択肢によってエンディングが変わる、とかそういう話ではない。ある程度の自由度を持ったフォーマットが必要だ。
本作の終盤に待っているカタルシスはDiscoElysiumよりも熱く、そして深い余韻を残すと言い切らせて欲しい。その体験を傍受するため、本作をわざわざ遊んでみる価値はある。
まとめ
『Planescape: Torment』は、古いCRPGの割に遊びやすいのが良い。そして何より、膨大なテキストに溺れ、終盤で回収される展開にカタルシスを感じられる。ちなみにsteamのセール時で1610円。自由な時間がありあまってて、ハイファンタジーが好きで、読むことに抵抗ないならハマれるんじゃないかな。めちゃくちゃ人を選ぶけど。
最後に、こんな力作を産んだクリエイター達に感謝を。フォント演出など細部にもこだわりが感じられる日本語化MODを制作した有志の方に感謝を。本当にありがとうございます…