最後の話し相手として嘘と後悔に寄り添い切る演劇型通話ADV『シュレディンガーズ・コール』

もしあなたが「後悔のない人生を送る」と立派な志を掲げたとしよう。それでも、大なり小なり消せない何かを抱えてしまうのが人間だと筆者は思う。

自分の失敗ならまだしも、誤って誰かを傷つけてしまった経験は、深い後悔として自分の心を腐す。他人の痛みを肩代わりすることはできないし、どうやっても、自分の力だけでは解決できないからだ。

今回紹介する『シュレディンガーズ・コール』は明るいゲームではない。どちらかというと、人生の日陰、記憶の光が届かない部分にスポットライトを当てている。だが、他人の後悔を責める作品でもない。

もしあなたが何らかの痛みを抱えながら、それでも他人のために生きたいとか、誰かを信じ抜きたいと思ったことがあるなら、本作を迷わず遊んでほしい。

この記事は『集英社ゲームズ』様より先行プレイの機会を受けて制作しています

黒電話で通話相手の最期に寄り添う

『シュレディンガーズ・コール』は、人生の後悔をテーマにしたADV作品だ。記憶を失った少女メアリが黒電話の前に立ち、崩壊する世界に残る最後の話し相手として登場人物の心残りを解いていく。

本作は月の落下によって滅ぶ21ナノ秒前の世界を舞台にしており、メアリに掛かってくる電話は世界が終わる直前に掛けられている。現時点で死が確定しているわけではなく、生と死が重なっている状態だ。

ちなみに、メアリの横にふらっと現れる黒猫は「イキルカ・シヌカ・ハムレット」。可愛いらしい名前なので、ぜひ彼の名前だけでも覚えて欲しい。

ハムレットについても語りたいところだが、話を本題に戻そう。通話先にいる人物の正体は、死に切れなかった者たち。メアリは彼ら彼女らの最後の通話記録から心残りを見つけ出し、最後の後悔を解消するために奔走することになる。

プレイヤーの役目は心残りを持つキャラクターの「話し相手」となり、ひたすら傾聴して寄り添うこと。過去の悲劇には介入できず、過ぎ去った事実をなかったことにはできない。

悲惨な過去を塗り替えて、誰も傷つけないハッピーエンドを迎える展開も悪くないとは思うが、それは優しさを履き違えている気がしてならない。寄り添うとは、そういったことではないのだ。

次にゲームの基本的な流れについて触れようと思う。

まずはノイズのように飛び交う心残りを手繰り寄せ、合言葉の「もしもし」を口に出して相手の存在を確定する。「シュレディンガーズ・コール」とは言い得て妙のネーミングだと思った。

本作で出会う登場人物は動物の顔をしており、人間としての素顔は伏せられている。フクロウ、カエル、ネズミ、果てにセイウチ。まるで童話のようなデザインから、示唆的なメッセージを感じる人もいるだろう。

開発チーム「アクロバティックチリメンジャコ」の一人Achabox氏は、過去のメディアインタビューにて「顔が粒子の集まりみたいになっていて誰なのかわからない状態」から着想を得たと仰っていた。

各エピソードに登場する通話相手は、メアリと同様に記憶を失っており、心残りの原因を思い出せず苦しんでいる。まるで真っ暗闇の空間に取り残され、一人で泣いているように見えた。

例として、最初の通話相手「ルーシー」の話を紹介しよう。

ルーシーは「わたしは悪いことをしてしまった」とメアリに打ち明けており、そのせいで嘘をつき続けなければならないと嘆いていた。

また彼女は公衆電話から誰かに電話を掛けており、切迫した状態であることが伺える。どうやら、とある人物に会えなかったことが心残りになっているようだ。外から通話している理由は後に語られる。

残念ながら、メアリが電話を掛けたところで過去の事実は覆らない。しかし、彼女は通話相手の過去を知る「※関係因子」に通話して、何があったのかを探ることができる。そこで事の顛末を知るのだ。

※友人や仕事仲間といった主要人物の過去を知る存在

通話相手の過去に何があったのか調査し、本人の記憶を掘り起こすのもメアリの役目の一つ。後悔の真相を調べるなか、メアリは悲しい事件や避けられない運命と対峙することになる。

そして、各エピソードのクライマックスを飾るのが、真実に終止符を打つ「思考解放パート」だ。堂々巡りの後悔に囚われた通話相手と向き合い、心残りに寄り添う。最期にふさわしいシーンといえるだろう。

後悔の濁流を思わせるピアノ演奏。記憶の蓋が剥がれ、目を背けていた時間が動き出す演出。まるでカーテンコールが鳴り響く劇場で悲劇を見届けるようだった。

読むから観るへ

基本的にメアリは受話器の横から離れない。にもかかわらず画面は絶えず切り替わり、動きが止まっている印象はほとんどなかった。最初こそ重厚な印象を受けたが、読み口は想像よりも軽い。

印象としては読むよりも鑑賞に近かった。地の文でじっくり輪郭を作るタイプというより、本作は一口サイズのセリフを積み重ねながら場面を展開していく。

通話という顔が見えない環境を活かし、メアリがさまざまな人物を演じ分けるのも本作ならではの特徴だ。登場人物ごとに声色や立場が切り替わり、会話の積み重ねで心情が浮かび上がっていく。そうした見せ方もまた、演劇に近い印象を受けた。

注目すべきはそれだけではない。※本作はすべての演出が個別に作られている。例えば、画面がフェードする早さや方向、画面が変調して明暗していく調整、BGMの音調や鳴らすタイミングが挙げられる。

テンプレートを作って各場面に差し込むのではなく、シーンに相応しい動きを手作りして当てはめているらしい。使い回しの動きが続かず、各場面から映像作品のようなメリハリを感じた理由がハッキリした。

※アクロバティックチリメンジャコの皆様に教えていただきました

▲体験版でも遊べる序盤シーンから抜粋

通話場面が続けば地味な絵面も並びそうなものだが、画面は絶えず脈打っている。セリフだけで物語を追うというより、演出ごと文脈を受け取って鑑賞しているようだった。

テキストを読むのではなく観る。話し相手として、その場に立っている感覚というべきだろうか。そしてこの体験は、各章の最後に用意された、ある特殊な寄り添いへとつながっていく。

解決しない、という救い方

こうした演出の積み重ねがあるからこそ、本作の会話は単なる情報収集では終わらない。また本作は看取りの性質に近い作品だとも筆者は考える。ただひたすらに、傾聴。相手にアクションを促すこともしない。

物語中盤、マックスという探偵が「解決しない方が救われることもある」といったセリフをこぼす。筆者はこの言葉がとても好きで、「会話だけで相手を救う」とはこういうことなのかと感じた。

▲一番好きなセリフ

人の負の側面を美化しない。本作のそんな姿勢がとても好きだ。凄惨な部分を過度に見せず、後悔をバネに跳ね返ることを絶対的な正義とはしない。ここにあるのは閉塞感に寄り添う優しさだけ。

開発チーム「アクロバティックチリメンジャコ」は過去のインタビュー記事にて「コロナ禍の孤独を電話が救ってくれた」と語っており、本作にも人と話す大切さを嚙みしめる場面が度々訪れる。

人と話したところで何も起きない、と思うこともある。建設的な意見をぶつけ合って、現状が少しでも良くなることに意義があると感じるからだ。でも実際は、一緒に立ち止まることで救われるときもある。

本作の醍醐味は、心情を揺さぶる演出の巧さだけではない。人と話す。ただそれだけのことが、消えそうな人間の存在をこの世に繋ぎ止めるんだと、ごく普遍的で忘れがちなことを教えてくれる点にある。

寄り添い遂げるならではの矜持

筆者は本作を遊んで、寄り添うという行為の儚さを突きつけられた。それと同時に、「救う」と「寄り添う」は、似ていて非なるものだとも感じた。

救うという行為には、どこか「手を差し伸べて引き上げる」響きがある。苦しんでいる相手を別の場所へ連れ出し、立ち直らせる。そこには、相手を動かす力が含まれていると筆者は考える。

一方で、本作が描いていたのは寄り添うことだ。ただ話を聞く、相手の言葉を受け止める。何かを解決するわけでもなく、正しい道へ導くわけでもない。「その場に留まり続ける」といったニュアンスに近い。

話を聞くことや、そばにいること。そんな小さな行為が、結果として誰かを救うこともある。救おうとして寄り添うのではなく、寄り添った果てに救いが生まれることもあるのだと思わされた。

また本作を語る上で、「嘘」という言葉も重要なカギを握っている。嘘とは、真実ではないことだ。しかし、大切な人に嘘をついたからといって、心に秘めた思いまで嘘に変わるわけではない。

前述したとおり、本作の登場人物たちは記憶を失っている。本人に嘘をつく意思がなくても、語られる内容が真実とは限らない。記憶の隙間を埋める言葉は、自分を守る嘘にも、誰かを守るための嘘にもなる。

誰が、誰に、どんな嘘を吐いているのか。そういった視点に注目すると、本作の面白さを取りこぼさずに楽しめるはずだ。併せて、変化していく嘘との向き合い方も楽しんで頂けたら嬉しい。

最後に、本作は顔を伏せて悲劇を演じるゲームだ。地の文から文脈を読み取る従来のノベルゲームとして遊ぶと面をくらうかもしれないが、体験にこだわったアドベンチャーゲームとして非常に完成度が高い。

だが、本作の総評を質の良し悪しだけで締めるべきではない。丁寧な演出や豪華なグラフィックなど、惹きのある要素は魅力の一部に過ぎないからだ。

テキストでの誘導を極力減らし、作品への没入感を何よりも大切にする。画面内のキャラではなく遊び手本人が、自発的に選択肢を選んだかのような体験を意欲的に作ろうとしていることが、本作の核だと感じた。

また、「救う」ことへの向き合い方も同様のことがいえる。人生の後悔は簡単には消せず、都合よく他人は救えないが、人と話すことには意味があると真摯に教えてくれるメッセージ性も本作の醍醐味だ。

この記事を読み終えたあなたが本作を手に取り、他者に寄り添うことの儚さや優しさに触れてくれたら何よりも嬉しく思う。

〈詳細情報〉

ゲーム名シュレディンガーズ・コール
ジャンルノベルアドベンチャーゲーム
ストア価格2,480円
リリース日2026年5月28日

©Acrobatic Chirimenjako / SHUEISHA, SHUEISHA GAMES

あとがき
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