“ずっと”からはじまる指切りは美しい。

小さい頃、”ずっと”という言葉をしょっちゅう使っていた。先のことなんて何も考えてなくて、いまの状態が続いて欲しいから使っていた気がする。”ずっと”は子どもにとっての永遠であり、約束として発した言葉には特別な力が宿っていたのかも知れない。

今回紹介する『ヒュプノノーツ』は、夢の中で幼少期の約束を果たすローグRPGです。最新ゲームではないのですが、好き過ぎてちゃんと言葉に残しておきたいと想い、データを消して最初から遊んで執筆に挑みました。良いゲームなので少し語らせてください。

謎の機械『DPD』で自分の幼少期にタイムトリップ

▲「怪しすぎる!!」ってツッコミは置いといて

今作は主人公の自宅にまくら型の機械『DPD』と一通の手紙が届く場面から始まります。身に覚えのない主人公は何のことかまったく分からないまま、機械のくぼみに頭をはめて夢の中へ。気がつくと、自身の幼少期にタイムトリップしてしまいます。

▲過去に出会ったことがあるのかも……?

夢の中に着いた直後、『マッチ』という名の魔法少女が語り掛けてきます。どうやら主人公を知っている様子ですが、残念ながら主人公は何も知らない様子。マッチに助けて欲しいと懇願され、言われるがまま記憶の最奥へと進んでいきます。

 今作は全5章で構成されており、主人公とヒロインである『茉理(まつり)』の人生を追体験する形で物語が進行。夢の中を題材にした作品は珍しくありませんが、機械を通して他者の夢に干渉できるRPGはそう多くないと思います。あり得ないはずなのに、どこか現実味を帯びている部分も今作の魅力です。

▲マッチはアイテム屋も兼任

章を進めるとマッチの正体やDPDがどこから届いたかも分かるのですが、なんとなく先の展開が想像つく感じも好みでした。序盤から設定の風呂敷を広げすぎず、プレイヤーの手を取って先に進むような展開から作り手の人柄も感じます。

舞台となる夢の世界は、キャラクターが実際に経験した過去を元に構成されているため、現実世界で起こった出来事をそのまま追体験する形式を取ります。小説味を感じる描写的なイベントシーンも多く、テキスト主体の作品が好きな人もきっとにっこりするはず。

▲苦いので強敵です

敵キャラもゴブリンやスライムといったRPGっぽい魔物ではなく、人生を歩む上で障壁となる存在が登場します。少年期では『ニンジン』や『ピーマン』、仲の悪い子なんてニッチな敵も。倒すのではなく乗り切るような形で敵を突破するので、この辺はMOTHERみたい。優しい作品だなとつくづく思う。

▲顔がもう「敵」って感じよね

「確かにこんな奴いたよなぁ~」とノスタルジックな感覚と併走するのが心地良く、気をてらったような設定にも次第に馴れてきます。ゲームから遠い部分を作品として溶け込ませているのが綺麗で、ちょっとづつ成長する姿はロールプレイングそのものでした。

 「設定は面白そうだけどRPGとしてはどうなん?」と思っている方もいると思いますので、ここから先ではヒュプノノーツの特徴ともいえる『ノンフィールドPRG』の部分について触れていこうと思います。

町なし、宿屋なし。
『進む』と『戻る』のPRG

▲前後しか動けないので運要素が強め

 RPGといえばマップを好きに歩いて目的地を目指し、見知らぬ町にワクワクするのが通例だと思います。しかし今作は、フィールドの概念がありません。移動手段は『進む』と『戻る』のみ。固定された町はおろか宿屋などの回復施設もありません。

『ノンフィールドRPG』と呼ばれる仕組みを採用しており、その名のとおりマップが存在しません。現在地とゴールだけ表示され、目的地に向かってひたすら歩くだけ。道中にはマッチの道具屋も出てきますが、出現するタイミングは完全にランダムです。

▲瀕死状態で会えると激アツ

 今作は回復手段に乏しく、拾ったアイテムやランダムイベント、レベルアップでしか回復できません。手間を掛けてレベルを上げ過ぎると回復リソースが足りなくなり、そのままぽっくり死んでしまうことも。第一章からお構いなしで殺しにきます。

攻略のコツは「しっかり戻る」を忘れないこと。今作は一定地点ごとに敵パターンとイベント内容が変化するため、階層を意識して行ったり来たりのレベリングを行うことが重要です。闇雲に前進すると明らかに強い敵にボコされます。

▲マッチも同じことを言ってくる

また回復アイテムと同じくらい大切なのが『レベルアップ』です。瀕死状態でもレベルアップ時に体力が全回復するため、被ダメと次レベルに必要な経験値を計算してアイテムをケチることも忘れてはいけません。

▲回復アイテムが貴重なので出来るだけ節約すべし

 ここまで読んで勘の良い読者さんはこう思ったかもしれません。「行ったり来たりでレベリングできるなら、ローグライクじゃなくて普通のRPGじゃない?」と。そうなんです、ここが重要なポイントになるのですが、このゲームには時間制限があるんです。 

▲俗にいう『制限ターン数』

レベリング大好き人間は哀しき宿命を背負っています。格上ボス(設定上)の瞬殺です。最強の敵だったはずなのに、あっけなく倒してしまって首を傾げるときってありますよね。今作は一歩動くたびに時間が減るので、育成が不十分な状態でボス戦に突入します。

今作のボス戦はいつもギリギリ。勝てる保証がないからこそドラマが生まれます。この辺のバランス調整がもう抜群に上手くて小細工抜きに面白い。RPGなのにリプレイ性が高く、ちゃんとゲーマーが作ってくれたんだなと感じさせてくれるのが熱いんです。

感情変化=状態異常

▲ヒュプノと言えば状態異常です

ヒュプノノーツは『状態異常』のこだわりがスゴい。このゲームの面白さを一つだけ挙げるとするならば、状態異常の豊富さと答えると思う。遊ぶと分かるんですけど、人間味があって風情を感じるんですよね。毒や麻痺といった一般的なシステムは一切ない。

現実世界において、不調とされる代表的なものは「風邪」などの病気であったり、空腹や睡眠不足といった危機的な状態を指しますよね。生存欲求に関する不調は想像できるかも知れませんが、社会的な不調になると見え方も変わってきます。

▲社交性が終わる『悪者状態』

悲しみや不安から引き起こる『絶望感』や、社会活動における『嫌なレッテル』。その一方で何でもできるような『全能感』や、不安を掻き消す『怒り』など、生きていれば必ず経験する感情の変化によって調子が左右されることも珍しくありません。

 今作は精神状態や社会的な地位を状態異常として扱っており、ランダムイベントや敵の攻撃によって頻繁に変化します。クラスメイトの同調圧力で知恵が低下する『バカキャラ』になったり、味方から声援を受けると『集中状態』となり能力値が一時的に上昇したり、ステータス変化を促す状態異常が発生します。

▲こういう風潮あったよね(筆者は言われた経験がある)

今作はダメージ計算をする際、敵によって異なる能力値を参照します。分かりずらいので噛み砕くと、要するに不利な状態異常に掛かるとダメージがほぼ通らなくなります。ここが面白くて、ヒュプノノーツは状態異常を治さずコントロールするRPGなんですよ。

▲社交性の上がる『八方美人』になればクラスメイトをシバける

 状態異常にユニークな名前を与えて差別化しているだけではなくて、ヒュプノノーツにあわせて最適化されている。当たり前に使っていたRPGの仕組みを取り払って、ほぼ何もない状態からゲームに合うものを作っているんです。もうホント好きになっちゃいます。

仕組みとして面白いのはもちろん、面白いアイデアをそのままにしないで丁寧に書き起こして、ゲームの世界観を補強する形で盛り込んでてスゴい好きなんですよね。これがあるからこそ、人生を軸とするヒュプノノーツが成り立つんです。

あったかい風。天ぷらの匂い

▲一番好きなシーン

 このゲームを紹介しようと思った理由は、単純に面白いからだけではない。ノベルゲームとはまた異なる描写に心がときめいたからだ。良い言葉はAボタンを押す手を止めてしまうんだなと思い知らされた。

先ほどお見せした画像は、最初のステージで茉理と出会うシーンから抜粋しました。ゲームが始まったばかりなのに、なんてドラマチックなシーンなんだと感動したんです。初めて遊んだときも、執筆のために遊び直したいまも、まったく同じ印象を受けました。

▲細かいこういう部分がホントに好きなんよ

 本来、シナリオの妙というのは物語の構成で決まるものだと思う。全体を通して一貫したテーマ性を持ち、思わぬ場面で場面転換が起こってプレイヤーを楽しませる。そして最後には作り手の意図を含んだ場所に着地して作品が固定化する。

今作の総イベントシーンはそこまで多くないものの、それぞれが印象に残る大切な場面として用意されている。物語を極力絞って見せ場を厳選して、シーンの結ぶ目を繋ぐ過程をゲーム体験で補完する形。ノベルゲームではなくRPGとして楽しめるゲームデザインこそ今作の醍醐味だと思っている。

▲ランダムイベントが上手い具合にシナリオを補完している

きっと読み物として作ることも出来たはず。ローグライクではなくミニマムなRPGとして作ることもできたと思う。それでもこの形式で作った訳があって、やっぱりヒュプノノーツは一次元ローグRPGとして作られたからこそ真価を発揮している気がした。

 もう一つ大切なことがあって、このゲームはキャラクターの会話をベースにして物語が進みます。小説に匹敵するパンチ力を持ちながらも、文字情報を極力薄めている。RPGの軸がしっかりしているからこそ、最後まで安心して背中を預けることが出来た。

▲夢の世界で出会うとある男性のセリフ

言葉で世界を描く小説も素敵だけど、喋り言葉と写真のようなワンシーンで語る静かな物語も素敵だと思う。大作RPGのような涙腺崩壊エピソードがなくても、ノベルゲームのようなディテールで感性に訴えかけるシーンがなくても、自分はこのゲームが大好きだしヒュプノだけしか出せない味があると思っている。

人生のドラマは運から始まる

 なんでこのゲームの記事を書いたんだろうか。誰かに遊んで欲しいからなのか、それとも自分が良いと思ったものを自分で言語化したかったからだろうか。色々と考えているけど、たぶんそんなに綺麗な理屈では無いんじゃ無いかなって思う。

人生で起こる大半の出来事は運で決まると思う。HARF-WAYを立ち上げたのも気まぐれの運みたいなものだし、メディアの規模がそこそこ大きくなったのもタイミング良くSNSの波に乗れたからだ。きっと、いまこうやってヒュプノノーツの記事を書いているのも、運が回ってきたからなのかもしれない。

 波瀾万丈の人生をさもドラマチックに組み立て、感動的なストーリーに仕立てることで読み手の関心を誘う。物語に人は惹き付けられ、感動といった形で感情面に変化を与える。それが例え運に左右されるものだったとしても、人は何かしらの理由があって物事が成り立つと思いたくなる生き物だと何かの本に書いてあった。運など介在する余地もなく、自分の力で人生を切り開いたと錯覚する。ホントはそんなものなくて、ほぼ全ての出来事は運で決まってしまうのに。

このゲームに惹かれたのは、大切な人との約束をテーマにした人生賛歌にも関わらず、運要素であっけなく死ぬからなのかもしれない。頑張ってレベルを上げれば誰でもクリアできるような綺麗さは人生とはいえない。レベルが上がって能力値が10増える人もいれば、1しか増えない人もいる。数分で簡単にレベルアップする人もいれば、3日間掛けてようやくレベルアップする人もいる。すべてが運によって決まるとはいわないけど、人生はほぼ運ゲーだと思う。

 ヒュプノノーツってドラマチックなんですよ。勝てる時もギリギリだし、死にかけから大逆転もするし。技術が介在する間もなく、運によって結果が決まることも珍しくない。それなのにしっかり物語を含んでいて、最終的にシナリオへと回帰していく。なんというか、運によって物語が完成する感じなんですよね。

約束された物語はあるんだけど夢のように流動的で、どれだけ頑張っても運でひっくり返される儚さもあって。立ち回りという手綱をしっかり握って、スキルを持ってして勝率を上げることもできるけど、理不尽に封殺されることもある。だからこそ人生だと思えるし、このゲームにリアリティを与えている。

もし仮にこのゲームがテキストの冴える普通のRPGだったら、そこまで印象に残らなかったと思う。人にコントロールできないドラマチックな運が生まれるからこそ、夢のような不確かさが生まれてヒュプノノーツは完成すると個人的に思っている。

夢と約束と体育座り

 それなりに安定していた仕事を辞めて、バイトをしながらコピーライター養成講座に通っていたことがある。たった一言で誰かを喜ばせたり、気づきや感動を与える言葉を書けるようになりたいと思ったからだ。

でも諦めてしまった。養成講座で添削を受けて沢山書いて、知識を詰め込んで初心者に毛が生えたレベルになった頃、作品として認められるものを狙って書こうとする自分に気づいて嫌気が差してしまった。学ぶほど経験値が貯まる反面、自分が言葉を届けたいと思う人から遠ざかっているような気がしたからだ。

 色々あっていまの自分は小さなメディアの運営者になった。これ一本で生活することなんて到底できないので別の仕事もしているけど、それなりにやりがいのある活動だなと思っている。でも時たま、書き手である自分よりも、運営者である自分を優先して塞ぎこんでしまうことも多い。

人は色々なものを忘れて大人になる。生きるために捨てなきゃいけないものある。でも大人は子どもの地続きだ。どれだけ失っても、大切にしていた想いは何処かに残っている。ヒュプノノーツは、ゲームが好きな気持ちと書くことへの情熱に火を灯してくれた。

この記事は自分語り兼ラブレターみたいなモノになってしまったけど、今の自分が書ける最大限の感謝を詰め込めたかなと思う。もしこの記事を読んで今作を遊んでみたいと思った方は、SwitchでもスマホでもPCでも何でも良いので遊んで頂けると幸いです。

【iOS】
https://apps.apple.com/jp/app/%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%97%E3%83%8E%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%84/id924826723

【Android】
https://play.google.com/store/apps/details?id=asia.namikawa.hypnonautes&hl=ja&gl=US

【switch】
https://store-jp.nintendo.com/item/software/D70010000043676

【steam】
https://store.steampowered.com/app/1836880/_/

運良く並河岳氏さんの作品に出会えたことに感謝を。
あなたのおかげで、もうちょっと頑張れそうです。
ドラマチックな運をありがとう。

おわり。

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