もはや人体実験みたいな生活を送っている

いま、人生で一番モチベーションがない。

鬱とか萎えてるとかじゃなくて、感情がフラットすぎる。ネガティブ過ぎて死にて~って感じでもないし、ポジティブ過ぎて人生サイコーって感じでもない。

どうしたものだろうか。

武装した論理的なオモシロさに毎日泣きついて、理由のあるものにしか感情が動かなくなった。つまんねえ人間になったなオイ!!意地になって日記を書いてるけど、これを辞めたらホントに終わる気がする。

お金の問題さえどうにかできれば…と思っていたけど、実際はそこじゃないのかもしれない。根本的に、人として、劣化もしくは崩壊が始まっている。冷静に日記を書いている場合じゃない。

「書を捨てよ町へ出よう」と意気込んで出かけるも、気が付けばいつもの散歩道を通って満足している。いよいよ桜も咲いて春、うららかな気持ちになる。そしてまた、いつもの日常に戻っていく。

まだ狂っていないけど、そのうち本格的に狂いそう。余波というべきか、ここ最近はこれまでに感じたことのない感覚ばかり降ってくる。これが良い方向に進んでいる、という希望的観測がまったく見えない。

行くとこまで行ったら、何が待っているのか。

急に覚醒して作家になって、夜な夜な酒を貪る限界先生みたいになったら面白い。この経験を活かして何者かになれたら良いなと思う。

日記をSNSに載せなくなったのは、自分から見せるもんじゃないと思ったから。読んでくれる人はいるけど、毎日惰性で書いているものを「読め!」と訴えかけるのは違う、と認識してしまった。

日記は日記であるべきで、読みたい人が読めば良い。だからメディアには載せるけど発信はしない。駄文がストックされることに意味も意義もあるけど、読まれることに関してはオマケみたいなもの。

数年後に振り返って、こんなことがあったんだなと鑑みれる歴史の一端を目指している。これは誰かにとってではなく自分にとって。いまさら広告塔になろうなんて思ってない。過度な意味を持たせたくない。

それに、読まれたところで何も起きない。閲覧数の数字が増えるだけ。生活費が生まれるわけでもない。空気のようなコンテンツが日記として正しい。エンタメに寄せるなら推敲してから作品にすればよい。

もう少しで化けの皮が剥がれて、抜身の文章が書けそうな気がする。

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