面白がるって難しくないですか?

「なんか面白いな~」という自覚を持ってゲーム紹介まで踏み込むわけなんですが、最初に感じた面白さを自分でどうにか膨らませないと「おっ!これは!すごい!良いぞ!」までたどり着かない。感性を磨いてうんたらかんたらみたいな「才能でどうにか論」に持っていきがちだけど、面白さが生えるまで泥くさく向き合うのが正しさなのかもしれない。

自分の面白いは「面白そう」であって、どこか俯瞰して捉えているような気がする。紹介している当事者のわりに距離が遠い。相手の手を握ってぶんぶんしながら「ねぇ~~~聞いてよ~~~ねぇねぇ~~~!」みたいな温さがない。書き方がつまらないのか、そもそも深掘りが足りないのか分からん。自分が好きだな~と思う人にはあるんだけど自分にはなくて、なんだかな~と頬に手を押し付けながら日記を書いている。

これが壁、というものか。どれだけ書き直しても自分の文章から抜け出せなくて、代り映えしない文章が並ぶ。中堅サラリーマンみたいな文章。決められたことを書き切って歯車を回すような。まぁそれも大事なんだけどさ。常に足らなさを抱えながらパソコンモニターを眺めて、書いては消して、たまにゲームを遊んで、キリの良いタイミングでツイート文を考えて。

色々なことに興味を持てる方だけど、いつも深さが足りない。幼稚園児が持ってるスコップで一掘りした程度で満足しちゃうから馬鹿みたいに穴だけ開いていく。それなりに人生の彩りはある。でも地球の裏側まで続く深い愛情を持ってうめき声をあげている人が羨ましい。品性より風情が欲しい。

面白い文章を書ける人はどうやって日常を面白がっているのだろうか。ありふれた生活を死ぬほど丁寧に暮らして修道女みたいに慈しんでいるのだろうか。俺もシスターのコスプレをして生活すれば日常のささやかな喜びに感謝しながら面白さを肥大化できるかもしれない。もしや答えはコスプレか?んなはずないか。

悩んでてもしょうがないからクリア報告。今日のゲームは『Time Flies』。人間の人生をハエとして生きるみたいなゲーム。ビッグになるとか、楽器を弾けるようになるとか、人生を振り返るとか、生まれて死ぬまでに経験してみたいことがタスクとなって表示され、寿命が尽きるまでに達成できればクリア。

でもこのハエの寿命は80秒程度しかない。これは日本の平均寿命を秒換算したもので、人だったら80年は生きられる計算。「結局はどんな人生も一瞬で過ぎるんだぞ~」という暗黙のメッセージが込められているんだと思う。考えすぎかもしれんけど、そう受け取ることもできる。

やりたいことを実現しようとすると、時間がどれだけあっても足りない。ちょっとでも寄り道したり、好奇心に任せてふらふらしてると、天からお迎えが来てしまう。つまり死ぬ。何者かになるって、やっぱり難しいことなんだなと思った。一見ふざけたゲームにも見えるけど、遊んでみて内省を促すきっかけになった。哲学の寓話を読んでるみたいな感じ。

面白がるの話に戻るんだけど、このゲームも面白がろうとしなければつまらない作品だと思う。「なんかすぐ終わったな~」で終わったらあまりにも悲しいじゃないですか。だから考える。関心を手繰り寄せて、既に掘ってある穴を更に掘り進めて、もしかしたらと仮説を立てる。そして自分なりに噛み締めて、恐る恐る感想をシェアする。

「それってあなたの感想ですよね?」の魔の手から逃げるために、自分の根拠が太くなるよう思考を広げていく。なにごとも無責任に面白がっても良いけど、そこから先に進むためには自分の意見を背負う必要があって、ちゃんと面白がれる人ってやっぱりカッコ良いよなと思ったりした。今後の課題になりそうです。

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