面白くなってきたと思い込むと何だかんだで上手くいくような気もする

ピンチはチャンスみたいなイケイケ人間ではないのだけど、「ホントに大丈夫か…」みたいなときこそ面白がった方が良いものを書けるような気がする。

経験を積めば積むほど見えてくるものがある反面、瑞々しい感性だったり初心は薄れていくものだと思う出来事があった。前を向き過ぎも、後ろを向き過ぎも、良くない。何事もバランスか……。

自分自身、ライターとして成長したい気持ちがある一方、視点や視座を変えることで自分自身もスキルアップできるのでは、と思ったりもする。でもこれは希望的観測的な願いに近いものだと思う。

書くことから遠ざかることへのもどかしさもあるのだけど、いまの自分に必要なことは別の何かだと思うんだよなぁ。分からんのだけど、自分以外に目を向けた方が色々と上手く回るような気がする。

この前、亀有にある『SKAC』と呼ばれる店に行った。海外のアートブックやZINE、レコードが大量に置いてあって好きな人には堪らない空間。

お店について調べてみると、デザイン設計会社のメンバーで運営されているらしい。どおりでお洒落なわけだと腑に落ちる。文章に全振りしてきた人生だったので、なんというかカルチャーショックを受けた。

お店にて「地平線の向こうから太陽が昇るとき本を盗もう」を購入。ミュンヘンで書かれており、お値段も2,200円と中々だった。

各ページに本の盗み方が書いてあって、とくに好きなのが「ユニクロの紙袋に本を入れて きれいにたたまれた 買ったばかりのシャツを一枚 そっとその上にかぶせよう」。見た瞬間、絶句。圧倒的な差を感じた。

愚直に書くことも大切だけど、これまで見たことも経験したこともない部分にリソースを割くことが必要なのかなと思ったりもする。まぁ良い歳だから冒険するのも憚られるのだけど、ここまで来たら、ね。

これまでは面白い記事を書くことを目的にしてきたけど、もっと細分化して考えてみる。

面白い=面白さの核となる部分(視点や感性)+実行するための文章力(執筆筋や企画力)だと思う。つまりは、文章が上手ければ面白くなるという話ではない。

いまの自分が見直すべきは、どちらかといえば前者。自分が面白がれる何かを確立しない限り、どれだけ文章が上手かろうがつまらない文章になってしまう。

んでもって、感性は未知の経験によって膨らんでいくものだと思う。アーティスティックなお店に足を運んだり、PR記事を募集してクライアントさんとお話したり、編集者としてライターと併走したり。

色々なものの兼ね合いによって、ちょっとだけ自分の可能性が拡張されるような気もする。これも希望的観測なのだけど、やれることをやった上での願いだから人事を尽くして天命を待つに近いのかも。

どこまでいっても、お金を稼ぐより文章が上手くなりたいとしか思えなくて、ビジネス向いてないんだろうな~とか思っちった。マーケは好きだけどね。

ということを意識朦朧としながら書いてみた。

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