コミティアで買ったコインケースに小銭を詰め込んで、かつやの横にあるドクターペッパーを買って帰る。これが散歩のルーティンとして定着しつつある。
いままではコインケースの存在すら知らなかったけど、一歩興味の幅を広げて即売イベントに出向いたときに見つけてから愛用するようになった。こういう出会いを大切にしたいものだ。
ドクターペッパーもほぼ同じ理由で買うようになった。名前は聞くけど飲んだことがなかったので買ってみたところ、ほかにないフレーバーが癖になってリピートしている。売っている場所が少なくて悲しい。
自動販売機でジュースを買うお金があるならゲームを買うべきだ、とか思ってた時代もあったけどいまは違う。なんかもう、そんなにゲームを買い漁らなくも良いじゃんと至極真っ当な感覚を取り戻してきた。
ここ最近は閉塞感が増していて、狭くなった視野を無理やりにでも広げなければならない。習慣を作って刺激を与えて、マンネリしてきたら別の何かで上書きしていく。意図的に変化を促さないと死ぬ気がする。
散歩してて「メディアをやってるのに広告を避けているのは何故なんだろうか」と、よぎる。これだったら一人でライターをやってる方が良いのになと。ちょっぴり気が滅入っているのかもしれない。
プレスリリースの作成費用とPR記事の作成費用が同じだったら、記事の方が需要もあるだろうと思っているけど実際はそうでもないらしい。少なからず、労力も工数は3倍は違うぞ。
需要と供給の波に乗るのは割と得意な方だと思うけど、「それをやったところで一体何になるの?」と捻くれてしまうのが悪い癖。いまからでも遅くはないから数字が増えて喜べる人間になりたい。
燃え尽き症候群って奴なのか、心がしぼんでいるのが手に取るように分かる。パンパンに張った風船みたいな生活をしていた頃に比べて気は楽だけど、何をするにも感性に跳ね返って来ない。
いよいよ本格的にメディア運営に向いていないことが分かってきた。売れなくても夢を見るバンドマンのような情熱を持っているわけでもなく、ゴールが何処にあるのかも分からず迷っている。
皆を先導する人は大なり小なりのエゴがないとダメなんだなと思った。調和を取ることができたとしても、欲求とかパワーみたいなものが全くない。自分は右腕みたいなポジションで一番輝く気がする。
あの頃に戻りたいと少しでも思っている時点でメンタルが揺らいでるとすぐ分かる。自分で認識できるからマシな方だけど、これが続くと色々と危ういな~って感じ。こんな日記書いてないで寝た方が良い。
ゆっくり、良くない感情が近づいてきてる。