これやるよ、と万年筆をもらったことがある。
お世話になった先輩からの退職祝い。
ライターを目指すなんて大そうな志を聞いていたからくれたんだと思う。ときたまインクカートリッジを差し込んで、チラシ裏に書くようなどうでもいいことをノートに殴り書きしている。
まだまだ書くときの角度は分からない。
ただ漠然と、文章が上手くなりたいと思っていた。
自分がどんな文章を書きたいかも分からず、何を持ってして上手いとかも分からず、闇雲に、良いものを書きたいと思い続けている。理由なさ過ぎて草っ。
ふと、この先に何があるのか考えてみた。
お金を稼ぎたいから上手くなりたいわけでもなく、良い作品を書く作家になりたいわけでもない。
人を感動させたいわけでもないし、言葉で誰かを救いたいとかでもない。
ただそうあることを望んでいる、とでもいうべきだろうか。別に上手くなったところで自分の目標が達成されるとかじゃないのに、ずっーーーーと文章が上手くなりたいと願っている。
上手くなったところで、意味なんてないのに不思議だなと思った。そりゃメリットもあるだろうけど、それを活かして何かをしようという願望が全くない。
何故こんなにモチベーションを保てているんだろうか。俯瞰して考えた結果、何かを書くことが最強の自己満足装置として機能しているからだと悟った。
Twitterで見かけた絵描きさんが「自分の絵で自分が満足できるから最強」的なことを言っていて、同じ感覚を覚えた。自分は自分の文章が好きで、もっと好きになりたいから書き続けているのかもしれない。
そう考えると、自分にも素養があったんだと思ったりもする。上手いとか下手を超越しているから無敵。自分の言葉を好きでいられる限りはこのまま走り続けられるんだなと。ちょっと嬉しくて大分キモイ。
もし今後、文章の上達に目的ができたとしたら、きっとその先は何も書けなくなるんだろうな。