15%セールになっていた『NITRO GEN OMEGA』を買うか小一時間悩む。価格にして約2,300円。アニメ調のロボットSRPGって感じでルックが良い。一つのロボットに対して4人の役職を持った子供が乗り込むのも素敵だ。メディアの大義名分があるのだから買っても良いはずなのだけど、積む未来しか見えなくて悩む。
誰かレビューを書いていないかなとGoogleさんで調べたけど、ない。Webメディアのイベント試遊レポとかニュース記事ばかり。自分は遊んでもないから偉そうなこともいえないけど、発売から約半年経ってるのに記事が書かれていない現実…が…もう…ショックでさ。しかも天下のnote様にすら紹介記事がないときた。
単純にさ、書き手が減ってるよね。ゲームブログ出身だから何だかものさみしい。いまとなっては動画紹介が主流だし、ボリュームのある気持ち重ためのゲームは触りだけ紹介する傾向も強いし(人のこといえない)、こればっかりは時代なんだなと思った。
実際はどうか知らないけど、ゲームブログの時代って終わったのか?有名な人(ラー油さんとか)はいるけれど、文化として明らかに衰退している。誰も読まないから?それとも書くことにメリットがないから?確かに儲からないからやらない人がいるのは分かるけど、ここまで深刻なんだなと。
面白そうなゲームが発売したときに我先にと記事を書いていた頃が懐かしい。多分だけど、当時はいまほどSNSが普及してなくて、記事公開がコミュニケーションの一環みたいな機能を持っていたんだと思う。昔を懐かしむジジイ側になったのだと思うと感慨深い。
まぁそりゃそうだよね。スクショ撮って馬鹿デカ声を出しながらSNSに呼びかければ会話できるもんね。わざわざ数千文字書く必要は何処にもないよね。でもそれって残らないんだよね。記事として残すことが資産になると身をもって思い知らされたよ、わたし。
ゲーム記事を書くことは自分が思っている以上に意味があって、名も知らぬ誰かの「じゃあ買うか…」に繋がる可能性があるのかもしれない。自分が当たり前のように受けて来た恩恵が風化している現実を眺めつつ、だからといって「この灯を消す訳にはいかない…!!」と震えてくれない身体に震える。
「俺が書かなくてもいいか~」と思っていたものの方が書くべきじゃん。めっちゃフィルターバブル。オモロそうなゲームなのに蓋を開ければ記事が全くない問題、だいぶ衝撃的だった。数字じゃないところに書く意義が転がっている。記事を書くことは偉業だ。
今日クリアしたゲームは『旅人ソフィア』。言うなればウォーリーを探せみたいなゲーム。指定されたキャラやらオブジェクトを見つけ出すポイント&クリックみたいな感じ。とにかく書き込み量がヤバい。超絶リッチな絵本。眺めるだけで元が取れた。
そしてマップもバカ広い。ドラッグで手首振り過ぎて腱鞘炎になるかと思ったわ。どうにかならんかと模索した結果、地図モードに切り替えて任意の場所に移動できることを後半知った。なんかときおりゲーム音痴の症状が出るんだよなぁ。
人をクリックすると流暢なボイスで反応してくれるのも嬉しい。Hi,Helloみたいな爽やかイングリッシュもあれば、コニチワ~みたいな胡散臭い日本語挨拶も。ストアページを参照すると、どうやら音声素材は300個近くあるらしい。凄すぎる。
反応が貰えるでっけぇ絵本で遊んでるんだから、そりゃワクワクするよね。6分おきにヒントが貰えるので詰むこともないし、3時間程度で終わる良きアートゲームだった。守備範囲外だったけど普通に楽しめた。
毎日何かしらのゲームをクリアすると宣言していなかったら遊ばなかったと思う。ときには強制力によって新しい世界が開かれることもあるんだなと思い出す。職場の先輩に連れられてキャバクラやらスナックにお供した感覚に近い。ちょっと例えが悪かったかもだけど、そんな感じ。
あっ、言い忘れてた。結局『NITRO GEN OMEGA』買ったので近いうちに紹介すると思います。