マイノリティについて「知っている」つもりでも、その理解を表層に留めてしまう自分がいる。もちろん、差別や困難の存在を知識としては理解している。
しかし日常の中で当事者が感じる息苦しさや迷いを、他者が本質的に理解するのは難しい。
『A YEAR OF SPRINGS』では、トランスジェンダー女性ハルと、彼女の友人であるエリカ・愛美を含む3名のキャラクターの視点を通して1つの物語が描かれます。
見えてくるのは、当事者の立場で選択を迫られたときに感じる不安や迷い。ハルたちの視点を辿ることで、“気づかなかった痛み”と出会えるかもしれません。
異なる視点で描く3つの物語

『A YEAR OF SPRINGS』は、LGBTQ+をテーマにした短編ノベルゲームです。
もともとPCやAndroid向けに公開されていた3つの物語に、エピローグやギャラリーといったおまけ要素を加え、1つのパッケージとしてまとめられています。
1作目「one night, hot springs」
友人たちと温泉旅行へ赴いたトランスジェンダー女性のハルが、心の奥にある不安や戸惑いと向き合う物語
2作目「last day of spring」
元不良のエリカがハルのために温泉旅行を計画し、友情と配慮のあいだで変化していく関係性を描く物語
3作目「spring leaves no flowers」
友人も恋人もいて“普通”の生活を送っているように見える愛美が、自らのアイデンティティと向き合う物語
自分らしさや他者との関わり方に悩みながら、3人それぞれが互いを理解し、自分自身と折り合いをつけていく過程が描かれています。
選択によって展開は分岐し、そのたびにキャラクターの心情や関係性の輪郭が明らかになっていくのです。
可愛いビジュアルで描かれる「生きづらい世界」

絵本のように可愛らしいイラストが特徴の本作。手描き風の立ち絵、やわらかなフォント、落ち着いたサウンドトラック。派手さを抑えたUIが、優しい雰囲気をつくり出しています。
しかし、扱われているテーマは非常に繊細。穏やかなイラストと音楽に包まれた物語の内側には、彼女たちが抱える生きづらさや葛藤が息づいています。
UIやイラストの優しさが重いテーマへの警戒をほどき、物語の中に入り込む助けとなっているのです。
人間味あふれるキャラクター

本作は3人の日常を会話文だけでテンポよく描いており、彼女たちの存在がぐっと身近に、よりリアルに感じられるのが大きな魅力です。
ハルは内気で繊細な性格。傷ついてきた経験ゆえに人の痛みに敏感で、誰よりも優しくあろうとする心を持っています。
分かり合うためならぶつかることを恐れない、快活で強気なエリカ。友情や配慮のかたちを模索して奔走する彼女の姿から伝わるのは、「大切なものと向き合う強さ」です。
友人も恋人もいて、いわゆる“普通”の生活を送っている愛美も、ふとしたきっかけでその“当たり前”が揺らぎます。心の奥底の違和感に気づいたとき、彼女は自分とどう向き合うのか。
3人が訪れる温泉旅館のスタッフや愛美の恋人といった脇役も、物語に彩りを添えます。限られたやりとりの中で、「距離感」「配慮」「無自覚な言葉」が人を傷つけたり、支えたりすることが描かれているのです。
誰かを意図的に陥れようとする悪役が登場するのではなく、立ちはだかるのは、無自覚さや社会の仕組みといった“見えない圧力”。その曖昧さが、リアルな痛みとしていっそう胸に迫ってきます。
HARF-WAY コマーシャル
絵を一切使わずに文字だけで作られたテキストADV『文字遊戯』。様変わりした世界観が目玉と思いきや物語は思わぬ方向に進み、プレイヤーは言葉に干渉しながら世界を書き換えて真実と向き合うことになる。

選択肢を通して生まれる共感

本作は、要所で選択肢が現れます。
その選択が物語の結末を変えるだけでなく、キャラクターの心情をより深く理解するきっかけになっているのが印象的でした。
たとえば、ハルが温泉宿でスタッフと会話をする場面。
宿泊者名簿を記入することになったハルは、悩んだ末に「戸籍上の氏名と性別」を記入します。それを見て不思議そうにするスタッフと言葉を交わす際に、一人称を「僕」と「私」のどちらにするか。
その選択はプレイヤーに委ねられます。
一人称を迷ったり、名簿への記入に戸惑いを覚える人は、おそらく多くないでしょう。
筆者はこの選択肢を通して改めて、普段なら意識すらしない「当たり前のこと」が、ある人にとっては不安や痛みを伴う行為になり得るのだと痛感しました。
他者の視点に立って自らの手で選択することで、「生きづらさ」に気付くことができる。この体験は、ノベルゲームならではのものだと思います。
他者の視点を辿ることで見えてくる、ささやかな春の兆し

本作では「無自覚な言葉」や「見えない制度」が人を傷つけるさまが描かれる一方、理解や気遣いによって世界がやさしく感じられる瞬間も提示されます。
異なる視点から日常を見つめ直し、他者の痛みや揺らぎを自分ごととして体験できる点が本作の魅力です。
自分とは違う特性を持つ人の生きづらさを、完全に理解することはできないかもしれません。想像するだけで現実が変わるわけではない。けれど、彼女たちの迷いや選択を追体験したあとなら、自分の中の偏見に気づけるかもしれません。
その気づきが、ささやかな春の兆しになればいいなと思います。
〈詳細情報〉
| ゲーム名 | A YEAR OF SPRINGS |
| ジャンル | ビジュアルノベル |
| ストア価格 | 580円 |
| リリース日 | 2021年9月29日 |
HARF-WAY コマーシャル
煙草を軸に交差する、ふたつの恋の物語。
無料で、どなたでも。スマホで、PCで、どこでも。
まるで文庫本のような、縦書きビジュアルノベル。
寂しさにも、熱がある。
『Keep Only One Loneliness』

