きみの名前はきみが決めるもの、”わたし”を受け入れる物語『If Found…』

手書きの文字が好きだ。
書き手の人柄が伝わってくるから。
絵が描ける人に憧れる。
絵でしか伝えられない気持ちがあるから。

文字も絵も、人が書く限り記号では無いし、人が描く限り込められた感情がある。とくに日記は顕著だ。何年も後に見返して当時の気持ちを思い出したり、忘れてしまった大切な事を想起させる力がある。

if Found…』は1993年のアイルランドに生きる多感な若者たちを主軸にしたビジュアルノベルだ。物語は主人公の日記を通して描かれる。水彩画と手書きの文字が美しい、遠い異国の物語を紹介したい。

日記を消していく

物語は主人公カシオの日記に焦点を当てて進む。しかし、日記を読みながら進める訳ではない。日記に記された出来事を一つ一つ消しゴムで”消していく”のだ。

消していくという行為には、カシオにとっての嫌な記憶を消す意味もあるだろう。しかし同時に、大事な記憶の喪失とも読み取れる。日記の内容は家族との不和であったり、友達との出会いであったりと様々だ。

▲大事な記憶を消していく

日記を消す行為は、外部に記録していた当時の記憶や感情を消す事を意味する。記憶はもう頭の中にしか残っておらず、忘れてしまったら思い出せなくなる。

大事な記憶も苦しかった感情も、全て形として残らない。本作では、何故カシオが自身の日記を消していくのか、という点も注目すべきポイントとなっている。

理解しなくても良い、でも受け入れてほしい

主人公のカシオはトランスジェンダーだ。男性の身体を持って生まれたが性自認は女性である。

物語の序盤、カシオはトランスジェンダーである事を23年間生きてきて初めて家族に打ち明ける。もちろん、家族にはすぐには受け入れてもらえない。

作中の年代は1993年でLGBTという言葉こそあれど、今のように広く認知されている時代でもないのだ。

そういった時代背景の中、カシオは家族との確執に悩まされる。母親には「わたしが知っているあなたじゃない」と言われるし、兄にも軽蔑される一方だ。そうしてカシオは家を追い出されてしまう。

「家族も結局他人だ」なんて言ってしまうのは簡単だが、一番近い存在なのだ。受け入れられないまま生きて行くのはお互いに心苦しい。

彼女にとって家族との関係は「消すべき存在」なのか、それとも「向き合うべき存在」なのか。本作では家族との確執がどうなっていくのかが物語の大きな主軸になっている。

知らない世界との出会い

家を追い出されたカシオは運命的な出会いを果たす。

同性同士で付き合っている「コラム」と「ジャック」、そしてまだ10代の「シャンズ」だ。3人はバンドを組んでいてライブハウスでライブを行う事もある。カシオはそんな3人と同居する事に。

カシオにとって、初めての性的マイノリティの友人。自身と似た境遇の良き理解者でありつつ、友人としても暖かく受け入れられて自分の居場所になっていく。

▲友達との瑞々しい時間

家族や友人というのは不思議なもので、家族だからと言って理解し合えるわけではないし、友人だからこそ理解し合える関係もある。

3人との出会いで、彼女の心情にどう変化が訪れるのかも本作の見所だ。時にはぶつかる事もあるが、そうしてお互いに理解し合っていく。


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絵を一切使わずに文字だけで作られたテキストADV『文字遊戯』。様変わりした世界観が目玉と思いきや物語は思わぬ方向に進み、プレイヤーは言葉に干渉しながら世界を書き換えて真実と向き合うことになる。


メタファーとしてのブラックホール

本作では、主人公のカシオとは別軸で、カシオペアという宇宙飛行士がブラックホールから地球を守ろうとする物語も展開される。

一見何の関係も無いように見える二人の物語は終盤に収束し、とある大きな展開を迎える。

これは筆者の解釈だが、ブラックホールは主人公のカシオの心情を表しており、カシオの置かれた状況が深刻になるほどブラックホールの存在が大きくなるのではないかと考えられる。

プレイする際は、カシオの心情とブラックホールの存在がどのように変化するかも注目してほしい。

日記を消すから書くへ

日記を消しながら進めていた物語は、終盤から日記を”書くこと”で進むようになる。カシオの心情が”記憶を消したい”という苦しみから”記憶を残したい”という希望に変化したのだと解釈できる。

とある事件をきっかけに家族との確執が解消され、母親にもありのままの自分を受け入れてもらえるようになった事が大きい。

もちろん母親から完全に理解してもらえた訳ではない。複雑な問題なのだ。お互いを受け入れた上で、時間を掛けて少しずつ向き合っていく必要がある。

それでも、前を向いて日記に書き留めたいと思えるようになった事は大きな前進だ。

このように、進め方が消すことから書くことへと変化する事が、本作のゲームシステムを利用した大きな心理描写だと言える。

何周か遊んでみて理解を深める

『if Found…』のプレイ時間は3時間前後だが、演出上の都合で一周するだけでは理解出来ない部分もある。カシオの主観で物語が進むため、敢えて説明されない部分があるからだ。

なので何度かプレイする事を推奨したい。登場人物の間柄やブラックホールが意味するものなど、二周目以降で気付く点もある。

また、消しゴムで日記の内容を消す、という行為にはプレイヤーごとに異なる解釈を生むのではないだろうか。筆者は”嫌な記憶を消す”、”大切な記憶や感情の喪失”という解釈をしたが、別の受け取り方をするプレイヤーもいるはずだ。

本作は明確には語られない演出が多く、プレイする度に新しい発見がある。
「この演出にはどういった意図があるのだろう」、「あのシーンを消させたのは何故?」といったように、プレイヤー毎に解釈の幅が広がるのが面白い。

誰しもが抱える葛藤「受け入れる」

ここまで書いた通り、本作では性的マイノリティ特有の葛藤が描かれる。

しかし、家族との確執や友人との衝突、それ自体は多くの人が抱える問題だ。彼ら彼女らの葛藤は性的マイノリティでない人たちにも共感できる部分があるのではないか。

だからこそ、本作の物語は普遍的に受け入れられて欲しいし、多くの人に体験してもらいたい。

プレイ後に「他者を受け入れるとは何か」を考えさせてくれる、心に残る一作だ。

〈詳細情報〉

ゲーム名if Found…
ジャンルビジュアルノベル
ストア価格1,750円
リリース日2020年5月20日

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