お日様が昇り切る前、朝とも夜ともいえない中途半端な時間帯。真っ暗闇の部屋でやかましく画面を飛び回るボールが見えて安堵した。コインは順調に増えているようだ。「このまま朝までよろしく」と呟き、息絶えるように二度寝した。
iPhoneのアラームから始まるいつもどおりの不機嫌な朝。さきほどの数字は数倍に膨れ上がっていた。ブルーライトをたっぷり浴びて心なしか眠りが浅い。でも良い朝だ。1円にもならない不労所得に満足してないで、株でも買って勉強しろよと心底思うけど安っぽいインフレでしか癒えない傷もあるから仕方ない。
放置ゲームと呼ばれるジャンルを知ったのは高卒で入った工場だった気がする。ニッパーとストリッパーを片手に電線ケーブルをしこたま作る仕事を毎日こなしていた頃、真面目に働けば(時間が経てば)キャラが強くなる原体験に救われていた。
当時はお金が欲しいとか、出世したいとか、そういうものはなくて、何も考えずに人生が過ぎていく無力さから逃げたい一心だったのかもしれない。何でもかんでも意義を見出したいお年頃。エッセイを書いてなきゃ忘れ去っていた青い想い出だ。
その頃は「放置すればドンドン強くなるぞぉ!」というペラペラな広告にゾッコンだったし、ニンジンぶら下げた馬のように駆けつけては秒で飽きていた。邪道ライフハックで誤魔化さないと生きられない暗黒時代。世間からしたら非生産的な時間かもしれないけど、自分に取っては良い無駄遣いだったと思う。
気づけば自分の脳みそがイマジナリークリッカーに支配されてしまった。勉強して抜け出そうなんて思えない。遊んでいない時間もゲームのことを考え、飽きたら別の作品に鞍替えする。ちぎっちゃ投げを繰り返すドーパミン中毒者みたいな生活だった。
数字がインフレに向かうインクリメンタルな部分がクリッカー作品の根幹を担う。とはいえ、数字が増えれば何でも良い訳ではない。根っこのシステムは同じなのに方向性が若干異なるのが放置ゲームもといクリッカー作品の面白い部分だと思う。アホみたいに浮気して違いに気づける男になった。
利き手が壊れるほどクリックして数字を稼ぐものもあれば、マクロを組んで効率的に数字を増やす作品もある。なかにはRPGのような戦闘パートもあったり、あらゆる切り口で人々を沼に引きずり込む環境が整備されつつある。クッキークリッカーだけじゃない。
そこそこの年齢を迎えてそこそこのオッサンになったいま、現実逃避したい時にクリッカーゲームを嗜む。嗜むというか溺れている。バカっぽいインフレは修学旅行で木刀を買うような高揚感がある。人生のプラスにはならないなんて説法は捨て置こう。
何かを成している感覚。日常生活でどれだけ同じ動作をくり返しても成長は実感しにくい。歯磨きするたびに経験値が溜まってレベルアップするなんて夢みたいなことは起きない。何かしらで前に進んでいる感覚を感じたくて見つけたのが『PegIdle』だった。
『PegIdle』はクリッカーゲームとパチンコを合わせた作品。ジャンルを聞いただけで脳汁がほとばしる。時間経過で補充される弾を撃ち出し、ペグ(釘)に当てることでコインを獲得。もしくはステージ下部に設置されたツボに入ってもOK。クリックするだけでお金がもらえる作品も多いので、単純にお金を増やしたい人はもどかしさを感じるかもしれない。
ペグにぶつかりながら、かつん、かつん、と落ちていくボール。眺めていると癒やされる。川のせせらぎに混じって聞こえる鳥の声に近い。予測できない弾の動きとジャラジャラ鳴り響くサウンドエフェクトが奇跡的に1/fゆらぎを生み出す。エレクトリックジャングルに入り浸る休日も悪くない。
獲得したコインで強化をおこなうと、撃ち出せるボールの数を増せる。手が届かなかった痒いところにゴリゴリと弾が当たり、あっという間にペグもなくなり全消しボーナスが発生。新しい釘が設置されて同じ事をくり返す。狂わないはずがない。
さらに強化が進むとボールの種類もアンロック。縁日のスーパーボールみたいにバウンドして画面に残り続ける弾。岩のように硬くてゴロゴロ落ちていく弾。当たった瞬間に小さく分裂して辺り一面のペグを破壊するクラスター弾がとくに熱い。モノが当たって何かが壊れる物理的な気持ちよさがスゴイ(語彙力消失)
次はお待ちかねの放置要素。ボールをアンロックした後、時間経過で弾が自動落下する要素が解放される。金額のバカ高い弾が雨のように降り注ぐ成金メテオに小躍りする。あれよあれよと小金持ちになり、貯まったお金で物量を増やしていく。これぞまさにマネーレイン。
もちろん、この間に手動操作もできる。いつまでも残り続ける釘を手早く破壊してスムーズに金策するも良し、自動落下をOFFにして狂ったように弾を撃ち続けるも良し。いずれにせよ、溶かした時間を裏切らない快感が押し寄せる。
400個近いペグを一斉掃射で全破壊してボーナスを受け取る瞬間が好きすぎて、わざわざ手動に切り替えて小一時間遊んだ時もあった。果てしなく時間の無駄なので絶対に真似しない方が良い。
どかどかお金が増えて、がっしゃんがっしゃん音が鳴る。エロでもないのに快楽に逆らえない。時代が時代ならギリギリ非合法だと思う。だからといって悪ではない。人生には何も考えず無為な時間を過ごすジャンキーな日があっても良い。やらなくても良いことにしばしば救われている人間だってココにいる。
クリッカーゲームの真髄はインフレを起こすことではなく、ゴールを目指す道中で日頃の鬱憤を溶かすことにあるのかもしれない。稼ごうと思って稼ぐんじゃなくて、遊ぶように働いて気づいたら大金持ちみたいな感じ。現実じゃ到底真似できない天才の稼ぎ方を疑似体験してるみたいで楽しかった。
インフレも半ばを過ぎた。朝起きると、大量のコインが溜まっている。仕事に向かうまでの僅かな時間で強化要素をアンロックしていく。今朝は得点の高い赤ペグの出現頻度と得点倍率を上げておいた。相変わらず眠りは浅いが良い朝だ。
キリの良いところまで進めると、毎度の如くボールの雨が降り始める。日を重ねるごとに雨脚は強くなり、1秒立たずにペグがさらわれていく。釘の復活が間に合わない。数百個のボールが無駄弾となって落ちていき、このゲームの終わりを悟った。
残業から帰宅して時刻は23時12分。ゲームを遊ぶ気力もなく、惰性で昨晩の食べ残しを温める。いつもより1,000円くらい高いご褒美ウイスキーをコップに注ぎ、チマチマと吞み進めて思考をふやかす。ちっちゃいアイスなんかも添えてゴキゲンだ。
人生はままならない。上手く行かないことがほとんどで、上手く行っても予想外の困難が待ち受けている。失意を中でも他人からは羨望の眼差しで見られ、希望に満ち溢れていても嘲笑される。そんな時、良いことも悪いことも忘れて無になれるのがゲームだった。ゲームを美化する気はなくて、自分の場合は偶然にもそうだっただけの話。
寝室に戻ると、使い道のないお金が貯まり続けるPegIdleが起動していた。「そういや付けっぱなしだったね…」とボソッと喋りかけ、ほほ骨を上げつつ右上のバツマークをクリックする。もう遊ぶことはない。138.9時間のプレイ時間がそう告げている。
翌日に使う仕事の準備をしている最中、食べるのを忘れてリュックに埋もれたコロッケパンを見つけた。深夜、しわくちゃのパッケージを開けてかぶりつく。絶対に身体に悪いとは分かっているんだけど、これがあったから乗り越えられる日もあった。
なんだよ、ゲームも同じじゃんと思った。
〈詳細情報〉
| ゲーム名 | PegIdle |
| ジャンル | クリッカーゲーム |
| ストア価格 | 580円 |
| リリース日 | 2024年6月19日 |